179.デクロワゾー石  Descloizite  (ナミビア産)

 

 

デクロワゾー石に、出くろわすぞ〜。(ちょっと苦しい)

デクロワゾー石−ナミビア、オタビ、ベルク・アウカス産

 

いずれ劣らぬ鉱物好きが集まって、岐阜県・神岡鉱山に採集行を企てた。目的地は緑鉛鉱と異極鉱の楽園、池ノ山鉱床である。神岡は皆初めてだったが、先達の書いた採集レポートが手に入った。曰く、「日本とは思えないリッチな産状、まるで外国の有名産地に来たようだ」との言葉に胸が躍る。

現地に着いて、それっとばかりに標本採集にかかる。一段落したところで、誰かが、「デクロワゾー石も採れるらしい」と言い出した。レポートにそう書いてあったのだ。目当ての緑鉛鉱はもう存分に採ってある。皆、「よーし、今度はそいつを採ろう」と意気込んだ。誰かが訊いた。「それ、どんな石なんですか?」
すると驚くべし、誰もこの石を知らなかった。
「亜鉛と鉛のバナジウム酸塩」とレポートにあるが、肝心の産状がはっきりしない。結局、モノに出来なかった…。
教訓。「知らない希産鉱物は、あっても分からない」

それから数年経って写真の標本が手に入った。赤みを帯びた結晶集合体で、晶癖も明瞭に判る。しかし、この感じを覚えて再トライしても、やはりデクロワゾー石は見つからないだろう。池ノ山の本鉱は、石英質の岩の表面に帯緑・淡黄色の皮膜状となって産出し、この標本とはまったく感じが違うのだ(調べた)。教訓。「知識が邪魔することもある」
鉱物鑑定の難しさがここにあり、採集の苦労と楽しさもそこにある。

 

補記:鉱物和名辞典(1959)は本鉱をバナジン鉛鉱と呼び、亜鉛成分を銅に置換したものをモットラム石、両者の中間組成のものを銅バナジン鉛鉱と記している。Vanadinite は褐鉛鉱と呼ばれた。しかし今日ではバナジン鉛鉱は Vanadinite、また Volborthite をバナジン銅鉱にあてるのが一般的。

追記:その後、池ノ山のズリ場は立入禁止が宣言されている。往時の採集風景は、名古屋鉱物同好会編「東海鉱物採集ガイドブック」(1996)など開いて偲ばれよかし。

追記2:デクロワゾー石は組成式 Pb(Zn, Cu)(VO4)(OH)、鉛と亜鉛(銅)の水酸バナジン酸塩。アルゼンチン産のものをフランスの化学者 A.L.O.L.デ・クロワゾーが報告し、1854年度の科学誌紀要で A.ダムールがデクロワゾー石の名を与えた。亜鉛成分は銅と連続的に置換可能で、銅優越種のモットラム石はイギリス・チェシャー州モットラム-聖アンドリュー鉱山産によって 1876年に H.E.ロスコーが報告した。 銅分の多い(<0.5) デクロワゾー石はかつて銅デクロワゾー石 Cuprodescloizite と呼ばれた。
「楽しい2」に「異名を含めて調べるとモットラム石のほうが2年早い」とあり、 Dana 6th にはチリ石 Chileite (1853)、「鉛と銅のバナジン酸塩」(1848)がこの石の項下に載っているが、まあ確かなことは分からない。

鉛や亜鉛を含む多種金属鉱体の酸化帯に広く現れるが、標本として立派なものは必ずしも一般的でない。ナミビアのベルグ・アウカス鉱山産は文句なしに世界最良。標本ラベルに南アフリカ、あるいは南西アフリカ産とされていることもあるが、現在ではナミビア。ツメブにほど近い(ツメブも良品を多産した)。鉛・亜鉛・バナジウムの濃集する鉱体を掘った。採掘期間は 1921-28年と 1950-1978年で、60-70年代にかけてさまざまな色・形状の本鉱標本がよく出回った。画像のような暗赤茶色で結晶面に光沢のあるものが代表的。
1990年に新産の美麗品が市場に出たが、これは14年前に採集され秘蔵されていたものという。(2020.5.4)

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