180.水 晶  Quartz  (ネパール産)

 

 

水晶−ネパール、ガネーシュ・ヒマール、ダディン地方産

 

愛しのKの言葉。
「…そこで知識には奇妙なところがあります。君はたくさんのことを知り、膨大な情報を蓄えるかもしれません。しかし、知識でくもり、情報が重荷になった心は発見することができません。知識と技術を用いて発見を利用することはできるでしょう。しかし、発見それ自体は、知識とは関係なく、ふいに心にはじける根源的なものなのです。大切なのは、この発見の炸裂です…」(子供たちとの対話)

私は、知識と無縁のままで、鉱物たちに接することが出来るだろうか?
いや、そうではない。私は、知識を楽しみながら、知識に汚されない目をもって鉱物たちと出会うことが出来るだろうか?

 

追記:ネパール北中部のガネシュ・ヒマルはチベット(中国)との国境をなす山岳地域で、最高峰のガネーシュTは標高 7,406m。アルプス式(熱水脈式)の晶洞に美しい水晶を産することで、今日つとに知られている。ことにパワーストーン系の方々には「ガネーシュ・ヒマール」は後光の差して見えるようなブランド品であろう。
どこを起点の話かよく分からないが、産地に辿り着くまで徒歩3日かかり、峻嶮な山壁に取りついて完全人力作業で水晶を採集するという。そして仲買の手に集められ、カトマンズのバザールで外国人に売られる。
人跡稀な清浄な(精神世界的に精妙高波動の)土地に産するからこその透明度・美しい形状・霊的パワーである、と絶賛されるのだが、そちら系に疎い私としては、どこの産地の水晶だって晶出したのはたいてい人間が地上を歩き回るはるか以前のことじゃあないか、掘り出されてバザールに並べられた時点で人界の波動にすっかり汚染されているじゃあないか、とイジワルなことを言いたくなる。

とはいえ「世界の屋根」であるヒマラヤ山系を地球上でもっとも清純な土地と崇める心理は、現代人の誰しもが共有しているものだ。19世紀以来のアジア探検家の紀行に見るエキゾチシズム香る伝統的態度。本場アルピニストたちが憧れたヒマラヤ登山遠征は聖地巡礼に等しい。ナチス・ドイツはアーリア民族の起源を求めてチベットに赴いた。ハガード「女王の復活」(1905)の神秘国チベットのイメージ、ヒルトン「失われた地平線」(1939)の桃源郷シャングリラ、ハラー「チベットの七年」(1953)のラサの都、映画「レイダーズ」(1981)のインディの冒険、「きっとうまくいく」(2009)のインド・レー地方にある青き湖パンゴンツォ。神智学やニューエイジ運動に見る、クート・フミらヒマラヤ高次霊団の導師/賢者たち。
そうした到達し難い辺土に期待される有り難い幸せのイメージ群の中に、ガネーシュ・ヒマール産の水晶は鎮座ましましている。世界市場に多量に出回るようになったのは 1990年代半ば以降のことだが、クリスタル・ムーブメントに乗って瞬くうちに人気商品となった。

大きな結晶は数十cm長さに達し、煙水晶、紫水晶、黄水晶などのバリエーションがある。(スイスの)テッシン式の晶癖、緑泥石や緑閃石のインクルージョン、曹長石との共産等、本場アルプス産を彷彿させる逸品ではある。ともあれ、能書きを捨てて石を見よ。 

cf. この標本の別アングルの画像 No.950

補記:「二つの大戦があったころ、あるイギリスの将校が、飛行機の発明で世界には秘境はもうなくなるだろうと語った。しかし、彼はこうも言ったのだ。一つだけ神秘が残る。世界の屋根の上に、不思議なことが起こる広大な国がある。そこには肉体から精神を遊離させ空中を浮遊する僧侶がいて、シャーマンの神託が政治判断を下し、王は神の生れ変わりで、禁断の都の赤い岩壁に建つ比類なく美しい城に住む。都は僧侶たちによってしっかりと守られている。そして、ロマン主義者たちのためには、山々の向こうに青い花さえ咲いている。宣教師、知識人、冒険家、学者といった人たちが、この国の神秘の究明に魅了されるのも無理はない。」(ハインリッヒ・ハラー「チベットの七年」より「50年後のあとがき」) (2020.7.23)

鉱物たちの庭 ホームへ