950.水晶 マクロモザイク構造 Quartz Macromosaic (ブラジル産) |
ヨーロッパアルプスなどに産する熱水性の水晶の成長は、基本的に過飽和溶液(水溶液)からの析出プロセスと考えられる。
溶液中に存在した珪酸イオンが何らかの原因で重合して水晶の構造を組み上げ、逆に構造を解いたり、を繰り返しながら次第に一つの秩序を持って大きな単位にまとまってゆく。ついには固体として安定的に存在しうるサイズの核となって液中に現われる。この核生成・核出現の段階で、右手水晶あるいは左手水晶の構造はすでに決定されている、とみられる。(左右どちらになるかはほぼ五分の確率という説と、左水晶がやや多いという説があるが、今は前者が主流か。)
一つの結晶核、あるいは複数が結合した群核・群晶は、さらなるサイズ拡大(成長)の基点となる。表面に溶液中の珪酸成分や別の種結晶(〜微小結晶)、時には異物・異成分が加わり(巻き込まれ)、積み上がってゆく。成長は必ずしも全表面で均等に進行するとは限らない。むしろ選択性があって、部位によって成長の遅速が生じる。結果的に結晶面を持った異方性の結晶形が出来る。また成分の不均質・構造の歪み/不整合・異物の混入・形状の不均衡は避けがたく、却ってこれらのファクターによって成長が促されるといっても過言でない。
一般に、過飽和度が大きい時の結晶成長は急速で、非平衡的で、結晶面は粗く形状の凹凸が激しいと考えられる。過飽和度が小さい時の結晶成長は緩やかで、準平衡的で、結晶面は滑らかで平坦、形状も整ってゆくと考えられる。実際には成長の過程で溶液の組成も生成環境(温度・圧力)も変動するのが普通なのであるが。時には不飽和溶液に溶け出してゆくこともあろう。
そう考えると、クリスタル・クリアーで、単一自形結晶の形を留めて大きくなった、尖った稜線と鏡のような結晶面を持つ水晶などは、実に奇跡的に生じたものに違いないと感銘もひとしおではないか。
我々が眼にする水晶は、普通は成長が停止した後の(成分供給源である熱水が去った後の)姿であり、たいてい晩期の準平衡的な環境で長い時間をかけて整えられた結晶面で覆われている(化粧されている)と考えられるが、それにしても理想的な面になっているとは限らないものである。そして水晶の表面はその後に沈積した別の鉱物や風化物(粘土類)に埋もれているのが普通である。
結晶学の泰斗、砂川博士はある著書に、溶液中の結晶に別の(顕微鏡サイズの)結晶が接近して接合する様子を描写しているが、接近した結晶はそのままもう一つの結晶に衝突・付着するのでなく、近づいてきた後、まるで目に見えない何かの力に牽かれるように傾いたり回転したりして、互いの結晶軸を合わせるかの挙動を示す。そして面白いことに軸を完全に一致させるのでなく、少しずれた状態で接触を果たす。そうすると、その周囲の溶液から新しい結晶が急速に析出して、既存の結晶面上を波紋のように拡がって成長層を形成してゆくのだ、という。
これは特定の種の結晶に限った観察であるかもしれないが、私には啓示的に思われる指摘である。つまり、構造のわずかなズレが予定調和的に与えられ、それによって結晶の晶出・成長が促されるのだと思われる。
結晶核の構造はその後に成長した結晶の全体的な基礎となる。にも関わらず、核の周囲を覆う結晶層はおそらくわずかに構造をずらしているのであろう。そしてその外側、さらにその外側に生じる領域も、必ずしも前世代の構造に完全に一致するわけではないだろう。こうして結晶が成長してゆけば、歪みは相殺されたり、累積されたり、オーバーライドされたり、時にランダムな、あるレベルのゆらぎを持った秩序(統計分布)に支配されて調和するだろう。
であれば、(表面では)完璧な単一自形結晶に見える巨大な水晶も、ミクロの目で内部を見れば、相互にわずかに歪んだ位置で接合した、微小な結晶の集合体といえるかもしれない。
ミクロな構造のズレが肉眼レベルでも現れた一例として、方鉛鉱や黄鉄鉱、岩塩などではリネージ(リニージ
lineage)構造と呼ばれる多結晶体が知られている。これは模式的に中心の核から結晶の表層まで繋がる棒状・ブロック状の小結晶が集合して、全体として一つの結晶形にまとまっている分枝構造で、各ブロック間はわずかながら格子の軸線を違えて、明瞭な粒界がみられる。
水晶ではまた違った形で構造のズレる例が知られている。アルプス産の水晶にはさまざまなバリエーションがあるが、いわゆるネジレ水晶、グウィンデル(クヴィンデル)水晶は、結晶軸のズレがマクロレベルで累積した形象の単晶、群晶(平行連晶)である。
ファデン水晶と呼ばれる平板状の群晶にも柱軸のズレが認められる場合がある。同様の肉眼的なズレの累積が苦灰石の鞍形連晶やリボン状の束沸石に見られる。
さてアルプス産の水晶に、テッシン・ハビットと呼ばれる鋭い傾斜柱面を持った結晶形がある。cf.No.948、 No.949
テッシン地方産のこの水晶は M面または i
面に相当する大傾斜面が卓越しており、かつ柱面は平坦な単一面の様相でなく、細かい帯状ないしタイル状の微小な面を寄せ集めた外観をしていることが多い。この組織模様をマクロモザイクという。
上のパキスタン産の水晶は、上部でいくつかに分裂した錐面が見えるが、柱面もこれに呼応して縦に長い帯状の段差のある境界(縫合線
suture)を見せている。全体的な形として単一の水晶の結晶形に見えるが、その部分は一様に太っていくのでなく、縦長の分画領域を伴いながら成長してゆくことがあるらしい(いずれは平滑な一枚の柱面と錐面とになって「上がり」を迎えるかもしれない)。
2番目の画像はさらに分画が細かい。条線のある面として認められる領域もあるが、面とは認めがたい微小な凹凸で覆われた領域もある。3番目は無数の錐面と柱面が成長途上にあるかのような領域で、おそらく接合していた別の(単)結晶が外れた境界面(しばしばマクロモザイクが現われる)か、一つの結晶が折れた破面に、再び成長が起こった痕跡と思われる。これらの微小面の集合は、このまま成長が続いていればやがて成長速度が揃って面が束ねられ、一つの大きな平滑面となって何食わぬ顔で現われていたかもしれない。そのあかつきには、あたかも単独の起点から F面(平坦面)として成長が進んだかのように見えるだろう(準平衡状態でのらせん転位を起点とした成長)。
次のネパール産は、より明瞭な形状のマクロモザイクが現われた例。縦細の柵状の平行連晶を連ねて全体の柱面が成長してゆくかのように見える。逆の見方をすれば、こうした様相は平滑な一つの広い柱面にも結晶成長の起点が多数潜在しており(あるいは新たに生まれて)、成長の過程でいくつもの異なる面(柱面と2種の錐面、また大傾斜面)に分裂しうることを示しているのかもしれない。
マクロモザイクは成長(溶解)が分画的に進行すること、または統合過程の中間段階にあることを示す組織と思しく、その様相からただちに結晶軸のズレた多結晶体の存在を証言することは出来ない。しかし精密な面角の測定や光学的な研究に拠ると、これらの面はやはりわずかながら相互に傾斜していることが多いそうである。研磨するとクリアな均一面となって肉眼では識別出来なくなるが、偏光の具合を調べると相応の境界が見えるそうだ。
なお大傾斜面を特徴とする水晶は、必ずしもマクロモザイク構造を呈するわけでなく、必ずしも結晶軸がズレた領域を持つとは言えない。しかしグウィンデル水晶は性格的に必ずマクロモザイク構造を持ち、結晶軸の肉眼的なズレが存在すると言える。
その次のナミビア産は全体の結晶形に柱軸の捩れと傾きが見られて、柱面が途中で旋回していることが分かる例である。マクロモザイク組織も同様に、いくつかの小面の間に相対的な傾きが見られる。
ちなみにマクロモザイクを持つ水晶が柱軸に沿って捩れるとき、旋回の向きは右手水晶では左回りに、左手水晶では右回りになっている。
cf. No.952
最後のブラジル産はマクロモザイクとは言えないが、結晶面(柱面)上に束ねられた巨大な成長ステップが多数見られる例。
こうしてその外観から水晶の成長過程を想像するのは、なかなか面白い。結晶には成長過程で生じるさまざまな歪みや欠陥が内包されており、結晶面に反映される。また局部的な成長の遅速、性状を違える分域が出現しうる。にも関わらず、その差異を呑み込んで全体として一つの大きな秩序を持った形に統合する。それが水晶ってもんである。
cf. No.967 水晶(マクロモザイク) 補記