209.ムーンストーン2 Moonstone  (インド産)

 

 

月長石 -インド、ビハール州産

レインボー・ムーンストーンのルース。
青色ばかりでなく、赤〜黄〜緑色系を含む多色の
光彩効果を示すものもある。ラブラドライトのよう。

 

古来セレニテス(ギリシャ語の月Selenites)と呼ばれ、その輝きは月の満ち欠けにつれて移ろうと伝説される宝石があった。プリニウス(1世紀)は、「この石の中には月に似た形があって、月の表面を反射する。噂が本当なら、月の満ち欠けに従ってその形が大きくなったり小さくなったりする。」と記している。
月長石(ムーンストーン)はその伝説を継ぐ宝石とされるが、月長石が月の満ち欠けに反応するかどうかは、現代の宝石研究家の間ではっきり述べる人がいない。No.208, No.882 のセレナイトもまた、柔らかな光を照らし返す石膏が、月光を連想させたことから出た名前のようだ。

月長石の放つ特有のシラーは、「青光冷々秋月のごとき光」と形容される。これは、この石が正長石と曹長石の互層構造を持つためで、層が薄いほど青い光が冴え渡り、厚くなると光は白くなるという。

月との関係であろう、ディオコリデス(1世紀)は、「満月の夜に発見されるので、アフロセレーノン『月の泡の石』と呼ばれる」としている。これはアラビア産だったが、インドでは月の光が固まったものといわれ、美しいシラーは石の中に棲む善き精霊が放つ光とされた。月は生命力や物事の周期的変化と関わりがあると信じられてきた(軟玉の話1付記3参照)。そのため、この石もまたその性質を受け継いでいる。

月長石には、欠けた月が再び満ちるように生命や物事を回復させる力があり、月が欠けているときに用いると、さまざまな幸運に恵まれる。この石の護符を果樹に吊るすと、沢山の実が生るそうだ。物事を決める際に口に含むと判断をサポートし、また予言の力を与えるともいう。石を浸した水を含むだけでも効果があるとレオナルドス(16世紀)が書いているので、試してみては? 
予知や霊感は、月よりむしろ水の性質に親しく、水は潜在意識のさざめきを映すものである。水と月との巫術的関わりから、この石にも予言の力が認められたのではないかと思う(従って唾液や水で湿らすことが要件)。
月長石は愛の贈り物として好まれるが、古くは未来の恋人や結婚相手を占うのに用いられた。愛を予言する力はやがて愛を呼び起こす力へと進化したらしい。あるいは月の豊穣の力と愛の成就が結びついたのかもしれない。この目的には、満月を期して使う(No.126参照)。

ついでながら、輝きが満ち欠けするのは月長石や透明石膏(セレナイト)に限らない。ウィルキー・コリンズの探偵推理小説(1868年)には、インドの仏像の額に嵌め込まれていたムーンストーンと呼ばれる黄色のダイヤモンドが出てきて、月とともに満ち欠けする。邦題「月長石」は、鉱物愛好家から見ると正しいタイトルといえず、桜井博士は「月光石」にするよう推理小説連盟に提案したという。しかしその名でダイヤモンドが連想されるわけでもない。むしろ月長の語感の方に、長く伸びた三日月形の光と影が感じられる気がする。月・長石でなく、月長・石。

月長石とともに6月の誕生石である真珠は、中国では月の光を享けて生まれるものと考えられており、夜光珠の異名がある(あるいは貝の陰精とみなされた)。その光も月の影響下にある。
どちらもぼんやりした乳白状のマテリアルで、光を照り返して強い白い(青白い)柔らかい光を返す。
「誕生石」は20世紀前半に宝石商組合が提案した比較的新しいオマジナイだが、高価な真珠を買えない人が間に合わせられるよう、同じ月に同様の光彩効果を持つお求めやすい月長石を入れた、とのオハナシがある。買ってぇ、ちょ〜だ〜い。
(※これは米国での話で、欧州−特に月長石に高い価値を与えるドイツ語圏では、6月の誕生石の筆頭が月長石で真珠は代替品であるという。なにしろ最高品質の月長石はほぼ欧州市場でしか手に入らず、月長石の周りに小粒ダイヤを巻いた細工物を作るくらいだ。※ E.ギュベリンの「宝石」にその種のジュエリーが載っている。

 

追記:近世ヨーロッパでムーンストーンの名が使われ出したのは 17世紀中頃のことという。その頃にはインドやスリランカ産の宝石がヨーロッパに直接届くようになっていただろう。以来、スリランカ産のムーンストーンは品質の良さで知られたが、18世紀末頃からはスイスやオーストリアに産するアデュラリア(氷長石)もムーンストーンとして扱われた。真珠を想わせる光の効果をアデュラレッセンスと呼んだ。(cf. No.431 追記
20世紀に入るとスリランカ島の南西部に豊かな漂砂鉱床が発見され、長く世界の市場を席巻した(一時はビルマ産も有名だった)。有名なミーティヤゴダ鉱山
は畑を耕していた農夫が 1906年に偶然見つけたものと言い、1987年の閉山までムーンストーンの代表産地であった(枯渇した)。以降スリランカ産は激減し、代わってインドが最大の産地となっている。

スリランカ産のムーンストーンは正長石(カリ長石)で、晶出後の離溶作用により曹長石(アルバイト)とのパーサイト構造(微細な互層構造)を持つ。インド産の多くは曹灰長石(ラブラドライト)や亜灰長石(バイタウナイト)で、曹長石灰長石(アノーサイト)とに分離したパーサイト構造によって、同様のシラー(シーン/微光)を発する。 

どちらもムーンストーンの名で取引きされているが、宝石鑑定上の機微からであろうか、GIA(米国宝石協会)などはカリ長石系の宝石のみを正統なムーンストーンとし、斜長石系の宝石をムーンストーンと呼ぶことに賛成していない。インド産のブルームーンストーンやレインボームーンストーンは実際はラブラドライトである/別の鉱物(斜長石)である、といった言い方がされることもある。
ただ無色透明〜半透明白色の地に青色〜多彩色(レインボー)のシラーを示すインド産は、従来宝石として知られるラブラドライト(※カナダ、フィンランド、マダガスカル産など)とは外観的に明確に区別出来るもので、やはりスリランカ産のムーンストーンにそっくりであると言わねばならない。むしろ、より高品質のムーンストーンのように見える。

一般的にムーンストーンは透明感のある乳白色の地に、青白い、多少暈がかかったような柔らかみのある光彩を現わすものを呼び(※久米武夫は「帯青乳光」と表現している)、比べるとラブラドライトは暗色(淡灰緑色〜黒色)の地に境界の明瞭な強い反射光が現れる。しばしば(モルフォ蝶の羽のような)青色だけでなく、緑、橙、黄、赤色など多彩な光色が同時に現れる。この光彩効果をラブラドレッセンスといい、近山晶は「あたかも青アワビに見られるような虹色効果」と描写している。ラブラドレッセンスは「繰り返し双晶ないし2成分互層による光の干渉に加えて、微小な板状・針状の磁鉄鉱インクルージョンによる光学効果との相乗作用」とのことで、ムーンストーンに見られるシラー効果にプラスアルファの輝きといえる。逆にムーンストーンは、プラスアルファとして光の散乱効果(青空効果/乳光効果)が強く現れた宝石ともいえる。

自形結晶を示すムーンストーンとして鉱物愛好家御用達のメキシコ産(cf. No.126No.897)はアノーソクレースである。正長石と曹長石とのパーサイト構造を持つが、これもスリランカ産とは組成比率の異なるもの(正長石でなく曹長石種の斜長石)ということになる。
cf. No.432 (長石の名称の整理表) (2020.5.10)

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