240.ムルマン石 Murmanite (ロシア産) |
かつて訪れる人とてなかった僻遠のフロンティアで、珍しい鉱物が発見される。地図ではのっぺらぼうのその土地で、探検家たちは山や川に名前を与え、もちろん鉱物にも思いの丈をこめた美しい名称を夢想する。No.239で紹介したユーコンの地名は、鉱物学者やコレクターの間だけで通用するに過ぎないが、そこにはいろいろな思い出がつまっていることだろう。
ロシアの極北、コラ半島もそんな辺境鉱物産地のひとつである。しかし、こちらはソビエトが国運を賭けて開発した燐灰石の大鉱山であり、開拓者たちがつけた地名は、今ではちゃんと地図に載っているらしい。ヒビーヌイの美しい山河が、いかにして燐灰石たち(アパチートィ)、地理学者渓谷、霞石(駅)などと名づけられていったか、その様子をフェルスマンはユーモラスに語っている。そして彼自身が40歳の年に(1923年)、ロボゼロ地区で発見した鉱物の命名式についても…。
「ご覧下さい。スミレ色に輝く美しい石です。ロボゼロ・ツンドラで沢山採れます。チタン、ニオブ、タンタル、燐を含む、ナトリウム、カリウム、希土類の含水珪酸塩鉱物です。この新鉱物の名前として、『ムルマン石』を提案します。」
「命名の理由は?」
「ええ、それは.......」
提案者はしどろもどろで、うまく説明出来なかった。実はそれらしい根拠なんてなかったのだ。会議室の隅でしのび笑いが起こった。
「はっきりしたまえ。なぜムルマン石なのか。ムルマンスクの海岸にはこの石は出ないではないか。」
「しかし、この名前はすっきりしています。短くて美しく聞こえます。この石にぴったりの名前です。他には考えられません。」提案者のグループは、とにかくムルマン石がいいと主張した。
ヒビーヌイ鉱山局のせまい食堂で投票が始まった。賛成票が大勢を占めた。かくて、この鉱物はムルマン石と呼ばれることに決まった。
当時ソビエトの開拓地で続々と発見された新鉱物は、こんなふうにかなり人間くさい手続き、ときには、なんだかよくわからない儀式を経て、公に認められていったのだった。
追記:ムルマン石は、一般には産地に近いムルマンスクに因んで命名されたと考えられている。
組成式 Na2Ti2Na2Ti2(Si2O7)2O4(H2O)4。少し前の鉱物書には
、チタンの一部をニオブが置換し、4水和物であることを示す式が与えられていたが、左記は
IMAリスト(2020
March)に拠った。こちらの式からは水分子がそのまま結晶構造中に局在することが窺われる。ピンク色の濃いものはナトリウム分に乏しく、マンガン、チタン、ニオブなどの成分が高い傾向がある。ほかにジルコニウムも含まれる。
浅生鉱床にロモノソフ石からの風化物として生じるものと、初生のものとが報告されている。3方向にへき開があり、(001)に完全(板状結晶の板面)。またこの面に平行に集積して雲母状になった外観を示すこともある。真珠光沢の硬い光を放つので硬そうに見えるが、硬度は
2-3
だから、人の爪程度である。酸(塩酸、硫酸)に可溶で、珪酸塩鉱物らしく分解してゲル状物質となる。
アルカリ閃長岩中に産する鉱物で、産地にモンサンチラール、グリーンランドのイリモーサク周辺のフィヨルドなどがあり、そしてもちろんコラ半島の各地に産する。
標本市場では
1980年にコラ半島ロボゼロ岩塊産のものが現れた。おそらくローレンツェン石と同じくマウント・フローラ産と思しい。カルナスールト山地、ピアルキンポル産地からも同様の板状結晶が出る。アルアイブ山地には細針束状の放射集合物あり、クキスブムコル山地にはロモノソフ石の仮晶となった風化産物が出る。(2020.5.30)