241.ヴィリオム石 Villiaumite (ロシア産)

 

 

Villiaumite

ビリオム石の自形結晶−ロシア、コラ半島産

 

私が初めてこの石を見たとき、その名前は「ヴィリアウム石」であった。数年後、別の業者さんの標本会で出会った時は、「フッ化ナトリウム」という成分そのままの名前がついていた。命名に迷ったのだろう。それから2,3年経つと、「ビリオム石」になっていた。かく、鉱物の和名は、ころころ変わるものである。本来、どれが正しいわけではないが、刷り込みというか、最初に受けた印象は後々まで影響を及ぼすもので、いったんある名前で覚えてしまうと、ほかの呼び方にはどうしても違和感が残る(私のことだよ)。
 No.95の「シールゲル石」は、入手2年後に同じ業者さんが「シーリジャー石」のラベルをつけているのに出会い、ドイツ人と思っていた友人が実はアメリカ人だったというくらいの衝撃があった(語源的にはしかし「ゼーリガー石」のはずである)。やがて登場する「ウロー石」は、私の標本ラベルでは、「ヒュールー石」となっており、ヒュールー・イムリス(『イルスの竪琴』に登場する領主の一人)みたいで格好いいと思っていたから、ウローなどと言われると、ついついうろんに思ってしまう。 Ludlamite は、初めルドラマイトと記憶していたが、ある人にラドラム鉄鉱といわれ、ひそかに赤面した覚えがある(覚え間違いって恥ずかしいよね−よくあることだけどさ)。

それでも甲羅を経るうち、こうした名称のバリアントに対し、距離をおいて眺められるようになったのは、我ながら懐が広がったと思う。名前は名前、鉱物は鉱物。No.182の紅緑柱石だって、アメリカ人はモルガナイトで譲らないだろうし、ロシア人はヴァラビョフ石と言うだろう。好きに呼べばいいのである。
ただ、手元の標本のラベルが図鑑や書籍に記載された名称と違っているのは、やはり不便なこともある(図鑑相互でも違うしね)。というわけでこのサイトでは、少し前から「鉱物名対照表」を作って、和名の異同をずらずら列記することを始めた。例えば、カーレト石とカーレトン石が同じ鉱物なのか、別の鉱物なのか迷ったら、この表で検索してみられたい。どちらも Carletonite のラインに載っている。つまり、同じ鉱物で呼び名が違うだけということだ。

ビリオム石は、岩塩やボレオ石や蛍石と同じハロゲン化鉱物のひとつで、水に溶ける。有毒である。合成すると無色だそうだが、標本はたいてい暗い赤色をしている。300度まで加熱すると無色化するという(当然、そんな実験はしない)。ときに透明感のある結晶をなし、とても美しい。蛍光を示す標本が多い。1908年にフランス人の探検家ヴィヨームが、仏領ギニア・ロス島で採集したのを始まりとするが、標本市場に出回るようになったのは、はるか後、1980年代になってからだ。かすみ石閃長岩などのアルカリ岩ペグマタイトに出ることが多い。ビリオム石の部分がすっかり溶けてしまい、穴ぼこだけ残った岩が見つかることもあるそうだ。

上の標本は、とあるフェアでフランスの業者さんのブースに立ち寄ったとき、店主が、マーベラス! インクレディブル! ベリ・ベリ・レア〜!!と、あまりに大仰に勧めるので、ほだされたものである。買ってから5分間は、スゴいものを手にいれたと、ほくほく気分だった。が、次にカナダ人業者のブースを訪れたのが手順前後というべきで、そこにはモンサンチレール産の、はるかに美しい、透明感を持った、結晶面に艶のある、美結晶が鎮座ましましていた。値段も変わらない。
「しまったしまった。はまったはまった早まった…」
涙ちょちょぎれる私であったよ。

追記:鉱物和名辞典(1959)には、「ビリオーム石」「弗化曹達石」で載っている。複屈折を示し多色性あり。300℃に熱すると単屈折性に変ずる、と。

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