257.杉石と片山石 Sugilite & Katayamalite (日本産)

 

 

Katayamalite Sugilite

杉石と片山石 −愛媛県越智郡岩城村船越産
(杉石は灰褐緑色/片山石は白色粒、蛍光して青色
/黒色はエジリン/へき開のある白色粒は曹長石)

 

杉石といえば南アフリカに産する紫色の石だが、最初にこの種が発見されたのは愛媛県の岩城島(いわぎしま)で、それは見栄えのしないウグイス色の小さな粒状のものだった、ということは、まあ有名なお話といっていいかと思う。少し前まで、「南ア産の杉石は、杉という日本人が発見したものだ」という随分端折った説が巷間に流布していたものだが、今は流石に情報がいき届いて、そんなことをいうお店はなくなった。「杉って誰?」と訊くと、「知らないけど、南アフリカで鉱山の一番深いところに潜って見つけたらしいよ」なんて会話が懐かしい。

さて。ある鉱物の産出が認識されてから、正しい種名が鑑定されるまでには、しばしばタイムラグが発生する。杉石はそうした鉱物のひとつで、発見から種の判明まで30年あまり、しかも結果的に新鉱物に登録されたのだから、そこにドラマがある。
岩城島の杉石は、九大の杉氏と久綱(くつな)氏という学者が最初に気づき、1942〜43年に現地調査をして、44年の学会誌にユージアル石様の鉱物として発表したのが始まり。杉氏は48年に他界したが、師の研究を引き継いだ山口大の村上氏(九大出身)が、X線回折パターンから大隈石−ミラー石グループの構造を持つことをつきとめた。それは1964年のことで、まだ成分の明らかでないこの石を、氏は岩城石と呼んだ。リチウムを含む可能性に思い至り、正しい化学組成を見出すまでに、さらに10年。こうして師弟の絆よろしく、新鉱物・杉石がIMAに申請されたのは1975年、ちょうど南アで紫色の杉石が発見された年であった。

岩城島を第一の発見とすると、第二の発見は南アでなく、実はインドにあった。1955年にインド中部のマディヤ・プラデシュで、マンガン鉱の中からピンク色の結晶が見つかったのだ。しかしこれが杉石と分かるのはずっと後のことになる。南ア産の石がソグド石と誤認され、再分析の結果杉石と判明した経緯は、No.256に記した通り。こうした逸機と間一髪のタイミングをモノにした結果、第一発見地の杉石は、めでたく杉石の名を得たのである。
写真の標本は、原産地となった岩城島のもので、日本では珍しいエジリン閃長岩の中に、灰緑色の粒状で含まれている。南アの杉石と同じ鉱物だとはとても思えない。「スギじゃなくて、サギではないか?」。…と、お寒いシャレが出たところで、次の話題。

この標本を暗所で紫外線に当てると、母岩が暗赤色に蛍光する。その中に青く光る小さな粒が散らばっている。昼光下では白色で、母岩と見分けのつかないこの部分が、もうひとつの新鉱物、片山石だ。これは杉氏と久綱氏によって、斜灰れん石とされていたものだが、村上氏らは杉石を研究する過程で新鉱物となる可能性を看取した。ちょうどその頃、タジキスタンのアルカリ閃長岩中によく似た鉱物が見つかり、1975年バラトフ石(Baratovite)と命名された。バラトフ石は単斜晶系の鉱物と報告されたが、岩城島のものは三斜晶系と思われた。そして1983年、新鉱物片山石が申請され、承認された。ところがその後、92年に片山石はバラトフ石と同じ単斜晶系であるとの構造解析が発表された。一方、バラトフ石は記載と異なり、フッ素基より水酸基を多く持つことも分かってきた。現在では両者を同一種とする考えが優勢で、片山石はいずれ独立種を否定されるだろうと見られている(提案は出ていない)。新鉱物の功名争いは、ゆめゆめ油断ならぬもののよう。
Baratovite      KLi3Ca7(Ti,Zr)2[Si6O18]2F2
Katayamalite  (K,Na)Li3Ca7Ti2[Si6O18]2(OH,F)2

 

(参考文献:「日本の新鉱物」(2001年 フォッサマグナミュージアム/糸魚川市教育委員会発行)
追記:同じ愛媛県の伊予郡砥部町古宮では1951年から十数年間、断続的にマンガン鉱山が稼行されたが、その間に南ア産に似た紫色の杉石が出たという。
追記2: 2018年11月時点で片山石はIMAリストに記載された独立種の扱い。mindat には上記の疑義が依然疑義のまま示されている。

追記3:岩城島のエジリン閃長岩(エジル閃長岩)は片山石の発表以来、四半世紀の間、研究対象とされていなかったが、分析技術の進歩もあり改めて調査したところ、火成岩ではなく交代作用によって生じた岩石で、曹長石が主成分となっていることから曹長岩(アルビタイト)と呼ぶべきものであることが分かったという。
一方、杉石や片山石はリチウムを含む鉱物であることから、この曹長岩に含まれるソーダ珪灰石(ペクトライト)の中にナトリウムよりもリチウム成分が優越するものがあるかもしれないと考えられた。分析してゆくと実際にリチウム分の多い一試料が見い出され、2016年、村上石としてIMAの新種承認を受けた。上述の村上博士に因む。
岩城島のソーダ珪灰石は通常30%のリチウムを含むが、この試料は60%含んでいた(肉眼での両種の識別は出来ない)。
なお、島のエジリン閃長岩(曹長岩)は県の天然記念物に指定されている。

益富「原色岩石図鑑」によると、片山石は径 0.2-0.5mm程度の粒状で産し、ソーダ珪灰石は顕微鏡で認められる程度の微粒。

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