256.杉 石 Sugilite (RSA産)

 

 

明紫色の杉石(淡色部はカルセドニーと混合?)
−南アフリカ、クルマン、ウェッセルズ鉱山産

暗紫色の杉石と褐色脈状のマンガン鉱(ブラウン鉱)
−ウェッセルズ鉱山産

 

ウェッセルズ鉱山とくれば、杉石(スギライト)をはずすわけにいかない。ただ、それにはパワーストーン寄りの話題を避けて通れない。

この明るい紫色の南ア産の石は、1975年、マンガン鉱石の試掘中に発見された。クルマンから北西へ80キロ、海抜1000メートルにあるウェッセルズ鉱山の地下、およそ1000mレベルの切羽であった。カラハリのマンガンベルトで、これほど深い坑道が掘られるのは実は異例のことで、鉱山に眠る品位50%を超える富鉱を追い続けるうち、いつしか途方もない深所、「かくも深く我らは穿ちたり」に至ったのである。しかし試掘サンプルはマンガン鉱としては貧鉱で、切羽の開発は他のもっと豊かな鉱脈が掘り尽くされるまで先送りされた。紫色の石は産出鉱物リストにひとこと、ソグディアナイト(ソグド石)と記載されるに留まった(誤認された)。

4年後の1979年、このエリアの採掘が始まってほどなく、坑道の崩落事故が起きた。露出した天盤に再び紫色の岩が現れた。それは美しい半透明の宝石質の部分を含んだ巨大な岩塊で、およそ5トンが宝飾品に利用可能と思われた。宝石業界は新しい宝石(貴石)素材をいつも待ち望んでいるし、加工性に優れた紫色の鉱物はわりと希少である。早速、「ロイヤル・ラヴライト(Royal Lavulite)」という商品名(−極上のラベンダー色の石の意)が考案され、上質の部分はネックレスや指輪などに、やや質の劣る塊りはカービングを施したオブジェに加工されて、その年のうちにヨーロッパ市場に送られた。1981年にはアメリカのツーソンショーに持ち込まれた。アメリカは折からパワーストーンブームの勃興期、様々な鉱物に様々な効用が謳われ、セルフケア(と開運)に関心を持つ人々の支持を集めつつあった。ラヴライトはその流行に乗ってブレイクした。

クリスタル・ヒーラーの草分け、ジェーンアン・ドゥ女史は、「杉石がクリスタルヒーリングにはじめて加わったとき、それはガンを癒す石とみなされた」と言っている。彼女自身はむしろ、オーラに作用して霊的な停滞を取り除くものと考え、その浄化・活性化作用によって、間接的に肉体の(ガンを含め、心霊的な原因で生じる疾患に)治癒がもたらされるとしているが、いずれにしてもアメリカでは健康回復の石として受け入れられたのだ。また霊的な目覚めを促すとも言われたが、それはこの石の紫色が欧米では伝統的な高貴色(精神的な色)だったことに関係があった。
その他、「今世紀中に発見された鉱物のなかでも、1,2を争う治癒力をもった石」、「この時代のヒューマンビーイングを癒し、ハートチャクラを開く愛の石」、「アクエリアスの時代を迎えた人類にむけて、意識の進化を促すため、宇宙の高次元意識体がこの地球に実体化させた触媒的な宝石」等々、非常に高い評価が寄せられた。こうした主張のどこまでが真摯で、どこから単なる商業的宣伝に過ぎないのかはさておき、パワーストーンブームが杉石のマーケット開拓に貢献したことは事実で、当初採集されたストックは数年を経ずに売り尽くされた。

ところでこの石に関する情報には、かつて多少の混乱があった。まず発見時にソグド石(杉石と同じミラー石グループの類縁種)と考えられていたのは上述の通りで、マンガンを含む杉石と訂正されたのは1980年だった。産地はホタゼル(Hotazel)と伝えられていた。ホタゼル鉱山は素晴らしい菱マンガン鉱の産地として有名だったため、その連想が働いたのかもしれないが、厳密に言えば、「ホタゼル地区から14マイル北西のウェッセルズ鉱山」というのが実態だった。あるカリフォルニアの業者は、「ロイヤル アゼル Royal Azel 」という商品名で杉石を売り出したが、これはホタゼルに因んだものという。もっとも、アゼル(エイゼル)という天上的な響きは、私には明らかにパワーストーンを意識したものと思われるのだが…。(※補記2)
また、その宝飾スタイルから「パープル・ターコイス」と呼ばれることがあるが、鉱物学的にトルコ石と関係があるわけではない。ちなみに市場に出ている「スギライト」には、「杉石とカルセドニー(玉髄)とが混合したもの」と、「ほぼ杉石のみの塊」との2種があるそうだ。前者の方がやや硬度が高く、物理的性質は若干異なる。
ウェッセルズ鉱山における宝飾クラスの杉石の推定埋蔵量は、1985年時点で12〜15トンと言われていたが、これは一個人の非公式の見解で、その後新しい鉱脈も見つかっているらしい。ただこの鉱山は杉石めあてに稼動しているわけでなく、また相当高品位のマンガン鉱脈が見つからなければ、地下1000mを掘るメリットもない。そのため杉石の供給は不安定で、しばしば枯渇したとの噂がデマわる。一方、ヌチュワニンU鉱山では、80年代中頃から杉石の産出を見ており、最近のロットはこちらから供給されているようだ。(あまり正確でないと思うが、私が聞いた範囲で記した)

南ア産の杉石は、層状マンガン鉱(主にブラウン鉱)やその角礫岩中に、エジリン輝石、ペクトライトなどを伴って塊〜脈状で産出するのが普通で、結晶(ミリサイズの六角柱状)は珍しい。特有の赤〜青紫色は、1〜3wt%程度のマンガン酸化物を含むことに因る。ピンクがかったものはAl リッチ、紫色の濃いものはFe リッチの傾向がある。
(成分組成: KNa2(Fe,Mn,Al)2Li3Si12O30

Cf. No.885 アルミノ杉石

補記:新鉱物「杉石」が日本を原産地として申請されたのは1975年(76年発表)のことで、ちょうど南ア産の杉石が発見された時期に前後する。あと少し気づくのが遅かったら、杉石と呼ばれることはなかったかもしれない。このあたりの経緯は、なかなか興味深いので、次のページで触れよう(No.257)。  

補記2:アゼルの響きだが、アザゼーレ(アザゼル Azazel)、アモン、サメル、ゼーボスといった堕天使/悪魔の名を連想させないこともない。実際、アザゼーレはアゼル(Azel)、アザエル(Azael)、アシエル(Asiel)とも表記される。またアゼツライトの名も連想される。
語源とされる地名ホタゼル(Hotazel) は、この地の夏の暑さがあまりにひどいので、地元で「地獄のように暑い」(Hot as Hell)と表現したのが由来だという。やはりそちら方面の音韻か。
Hazard (フランス語にアザール、英語にハザード)は危険ないし運命の意。「アザール街の13番地だ。番地も不吉だし、町の名もそれにふさわしい」(サバチニ「スカラムーシュ」)
一方、アジール(英語にアサイラム)は一般に聖域、避難所を指す。

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