280.自然銀  Wire Silver  (ペルー産)

 

 

通称 ひげ銀 -ペルー、リマ、ウチュチャクア鉱山産

 

 

鉱物は、いわゆる生命体ではない。けれども生命体を想わせる挙動を示すことがある。あたかもエントロピーの法則に逆らうかのように選択的に集合して結晶するし、その様子は時に地衣類や草木のそれだったりする。
例えばこの「ひげ銀」は、16世紀頃のヨーロッパでは、鉱石に毛が生えたものと考えられ、「鉱物の生物化」という神秘的な現象の証しとされた。ボイルの法則で有名な化学者ボイルは、「ヨハネスの谷では、草から根が生えるように、銀が鉱石から指の長さに成長する」と著書(懐疑的化学者)に記している。
ホセ・デ・アコスタ神父(1539-1600)は、「金属は大地の内に埋もれて隠されているが、その形や成長の仕方は植物に似ている。金属にも枝があり、そのもととなる幹である鉱脈があって、金属はそこから成長し増えてゆくからだ。金属は太陽やほかの惑星の力を受けて大地の内に生まれ、長い年月をかけて植物のように成長し殖える。」とした。

17世紀、水晶を研究して面角一定の法則を記述したデンマークの医師ステノは、鉱物の成長が無機的なプロセスであることを看取していたが、彼はむしろ例外であった。
鉱物が生物的な作用によって成長するという考えは、18世紀の中頃まで根強く残っていた。また植物が水を吸って育つのを見て、多くの人々は水が葉や花や実に変化すると考えており、ボイルもまた物質の変成を信じていたのである。

今、ニューエイジ運動の人たちは、鉱物は独自の進化を遂げた意識体であると言う。彼らはより精妙に意識(コンシャスネス)と表現しているが、それは鉱物がそれぞれの種に特有の法則をもって美しい色や形を編み上げるさまが、私たちにとって依然驚異であり神秘的であることの高らかな表明である。

補記:鉱物が地中で成長するという観念自体は古くからのもので、アリストテレスも「気象学」の中で述べている。中世のヨーロッパでは鉱山はしばしば休山され、埋め戻されたが、それは再び鉱脈が育って豊かな収穫が得られるようにするためだった。

補記2:ウチュチャカの複合金属鉱床はスペイン統治期に採掘された後、1970年代から近代的な開発が行われた。鉱物愛好家の間では菱マンガン鉱の良品を出すことで有名で、1983年頃から欧米市場に現れた。自然銀(ワイヤー・シルバー)の標本は90年代初に現れた。母岩は石英/方鉛鉱質のものと、非晶質のマンガン水和物(つねにネオトス石を含む)のものとがある。
ひげ銀の長さは数cmまでだが、絡み合って鳥の巣状になった美品が出ており、大きなものは30cmに達する。

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