279.方解石3 Calcite (日本産)

 

 

市場ルートに載らない標本は、独特の雰囲気があるでしょ。

六面頭葉片状の方解石 (と短波紫外線による赤色蛍光)
−岐阜県神岡町神岡鉱山丸山産
淡桃色ブロック状のカルサイト(オレンジ蛍光)
基部の黒色は閃亜鉛鉱
−岐阜県神岡町神岡鉱山産

 

富山市から国道41号線を南へ下る。道はやがて神通川と並び、山間に穿たれた小暗い谷底へ入り込んでゆく。圧倒的な重量感で迫る山腹の急斜面。幅の狭い険しい峡谷がおよそ15キロも続く。秋には比類ない紅葉に染まる神通峡だ。やがてぽっかりと谷の口が開き、空が大きく広がったところで道は二又に分かれる。一方は高山へ、一方は上高地・松本へ。その分岐点の盆地の、川の両側に育まれたわずかな平地に、道などまったく見えないくらいに人家が密集している。金(かね)が出る出る 鹿間の山に 銀となまりと赤がねと… と囃された神岡の鉱山町である。どの家も勾配の緩やかな軽い金属屋根を戴せているのは豪雪対策だろうか。飛騨山脈を隔てた白川村の合掌集落とは対照的な町並みだ。

神岡鉱山は、天正以来100年に亙って飛騨藩主の手で開発され、慶長年間、鉱山師茂住宗貞の活躍によって最初の隆盛をみた。江戸中期以降は天領として請負い稼動され、明治時代に三井鉱山が入った。そして大資本の恩恵の下、大正・昭和にかけて日本有数の鉛・亜鉛鉱山として繁栄した。昭和40年代まで坑内で歌われていた床搗唄 ♪嫁にやりたや鹿間の村へ… の文句に、周辺の寒村に対して意気軒昂たる往時の神岡が偲ばれる。

一帯は石灰岩を多く挟んだ古い片麻岩に、新たに花崗岩が貫入した地質。花崗岩マグマは石灰岩と反応してスカルンを形成し、スカルン鉱物の隙間に流れ込んだ鉱液から、鉛や亜鉛、銅などの金属が沈殿した。いわゆる接触鉱床である。鉱石としては方鉛鉱や閃亜鉛鉱、脈石には方解石や灰鉄輝石、珪灰石など、数多くの鉱物種を産する。二次鉱物では、水色に染まった異極鉱や、日本離れした緑鉛鉱の美しい結晶が有名(cf. No.179)。

鉱床が形成されるとき小さな空間(気体や液体の充満した)があると、そこで結晶がゆっくりと成長し、ここに紹介するような方解石が姿を現す。
上の標本は神岡城公園にある鉱山資料館で求めたもの。ラベルに栃洞産とあったが、ちょうど石の持ち主という人が居合わせて、丸山で掘ったものだと教えてくれた。「それはどこですか」と聞くと、窓から見える裏山を指差して、「あそこ」と言った。資料館が出来た頃に採ったというから、今から30年ほど前になる。
下の標本は、旧前島標本。ラベルに 1992-9-15 採集者本人とあるので、上の標本よりずっと新しい。
方解石の結晶はさまざまな形をとる。比較的高温のとき(花崗岩やペグマタイトの生成後、やや温度と圧力が下がったとき)に晶出したものはうすい板または葉片状、それから温度が下がるにつれ、柱状となり、犬牙状となり、菱面体状となり、また板状となるそうだ。七変化。

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