293.ラピスラズリ Lapis Lazuli (アフガニスタン産) |
ヨーロッパでは、金色の黄鉄鉱の散ったラピスラズリを、晴れ渡った砂漠の夜空に喩えてきた。
いつ、誰が言い出したのか知れない。けれども、この石がオリエンタリズム漂う西アジア方面から運ばれてきたこと、かの地がシュメール人以来、天空に思いを凝らし、星の運行を万象に照らした民族を輩出してきたことを思えば、連想はむしろ自然な成り行きだったかもしれない。西方の人々は、天文占星学のふるさと、遠いペルシャの空からきた群青の石を手にしたとき、砂漠を渡る東方の夜風や、運命を告げる星々が蒼穹に瞬くさまを、たしかに感じとったのであろう。
No.250で結晶標本を紹介したので、ここでは趣きの異なる塊状標本を3つ選んでみた。いずれも黄鉄鉱の星くずを伴っている。上段は比較的均質なラピスラズリで、好んで宝飾に用いられるタイプ。2〜30年ほど前の鉱夫たちはこの種の塊しか眼中になく、中段のような方解石が混じったもの、色の悪いもの、下段のような粒状、あるいは自形結晶をみせるものは、坑口から300m下の谷底にぽいぽい投げ捨てていたそうだ。それを知った鉱物学者たちはガレ場を歩きまわって結晶を拾い集めたものだ。しかし今は染色技術が進んでいるし、結晶標本も高く売れることが分かっているので、谷を舞う石はぐんと減っていると思われる。
当地のラピスラズリはスカルン中に産出する。主要鉱脈は分域層をなし、熱変成とともに沈殿作用の働いた様子が見えるという。すなわち固相から固相への遷移ではなく、熱影響部分が局部的に溶融しながら、ラピスラズリその他の変成鉱物に変化していったものらしい。大きな粒塊を割ると中はいちご大福構造になっており、中心のイチゴは金雲母、透輝石、方解石、青金石の混合物。外周の餅は暗青色の青金石、透輝石、柱石。そして両者の間のあんに相当する領域には方解石、透輝石、苦土かんらん石、黄鉄鉱が観察できるそうだ。
cf. 鉱物記「青金石の話」
補記:余談だが、アラビアには「時は移り、星は流れて」という表現がある。長い歳月が過ぎたことを示す言い回しで、中国の「幾星霜」に少し似ている。ただし、中国流では星は(霜も)一年ごとにまた巡ってくるが、アラビア流では流れてしまう。