250.青金石 Lazurite   (アフガニスタン産)

 

 

いざ行かん! ラピスラズリの鉱脈を求めて!

ラピス・ラズリの結晶(大理石上)
−アフガニスタン、バダフシャン、Sar-e-sang産

 

青金石(Lazurite ) について書きたいことはいろいろあるけれど、まずはこの鉱物が「ラピス・ラズリ」そのものである、と確認することから始めよう。
ラピスラズリは、エジプト、シュメール、バビロニア等の文明において古くから珍重された青い石で、歴史上の産地はアフガニスタンの北東域、パキスタンとの国境に近いバダフシャンにある。アレクサンダー大王が東方への遠征を企てるはるか以前、この石は険しい山岳地帯と熱砂の沙漠を越えて、当時繁栄していた東西の諸都市へと、はるばる運ばれたものであった。

熱変成を受けた石灰岩中(スカルン)に、しばしば金色に煌めく黄鉄鉱を伴って産出する。和名の青金石は、その取り合わせを愛でたものだ。岩石として扱うなら、スカルンの母岩(大理石または方解石、苦灰石)や黄鉄鉱を含めた全体をラピスラズリと呼んで差し支えないが、鉱物学的には青い部分、Lazurite だけが青金石・ラピスラズリである(ということは和名のつけ方がおかしいことになってしまうが、綺麗な名前なのでいいことにしたい)。
草思社の「楽しい鉱物図鑑」には、「青金石が正式な名前であるが、通称ラピス−ラズリ Lapis Lazuli という」、と載っている。

青金石は方ソーダ石グループに属する4鉱物のひとつで、あとの3種に、ソーダライト(方ソーダ石)、ノゼアン(黝方石)、アウイン(藍方石)がある。いずれも等軸晶系のテクト珪酸塩であり、Dana's New Mineralogy(8th)に従えば、Na6(Na,Ca)2(Al6Si6O24)☆1-2・nH2O の一般式で表される。☆には、種によって Cl, OH, SO4, S が入る。n は0または1の値を持つ。ソーダライト−ノゼアン−アウインは、3成分系の(不連続な)固溶体を作り、また青金石との間にも固溶体が作られる。
技報堂出版の「宝石のはなし」には、「ラピスラズリの藍色の鉱物は、方ソーダ石として一括されるいくつかの鉱物のひとつです。方ソーダ石族の鉱物はどれも同じ結晶構造をもっており、アルミニウムまたは珪素を四つの酸素が囲む四面体が、…立体的につながった骨組みをつくっています。しかし、骨組みの間に比較的大きな空間があって、この空間にいろいろのイオンが入ることができます。方ソーダ石ではナトリウムと塩素が入り、ノゼアンではナトリウムと四酸化硫黄が入っています。ラピスラズリ(青金石)ではここに、ナトリウム、カルシウムと硫黄、四酸化硫黄、塩素が入っているのです。したがって、ラピスラズリは一種の固溶体ということができます。」とある。
デーナ(8th) は、(青金石は)ノゼアンとの間に連続固溶体をなすことがあるが、方ソーダ石との間の固溶体はごく限られている」、としている。

ここで注意すべきは、固溶体(solid solution) は混合物/集合体(mixture) ではないということだ。前者は結晶構造を持つが、後者は化学的結合をせずに混じりあっているだけで構造を持たない。従って結晶をなさない。「楽しい鉱物図鑑」は、青金石の結晶標本を示した上で、「混合物であるとの俗説もあるが、そうであれば結晶が出来るはずがない」と言っている。(付記参照)
フレデリック・ポー博士は、ある論文の中で、「古い本にはラピスラズリが方ソーダ石に類する複数の石の混合物(mixture) だと書いてありますが、それは正しくありません。…鉱物の混合物が十二面体の(それに限らず)美しい結晶を作るわけがありません。」と書いている(ラピダリー・ジャーナル1995年2月号)

青金石の化学式は、(Na,Ca)7-8(Al,Si)12(O,S)24[(SO4),Cl2,(OH)2] あるいは (Na,Ca)8(S,SO4,Cl)2(Al6Si6O24) あるいは Na3Ca(Al3Si3O12)S などと書かれる。文献によって数種のバリエーションがある。どれが適当なのか私は知らないが、ただ、(AlSiO4)X の構造は、方ソーダ石グループに本質的なものであり、一方、青金石の成分として、Cl(塩素)、OH(水酸基)、SO(硫酸基/四酸化硫黄)は固溶体として含んでもよいが、必須条件ではないと思われる。(理想的には)青金石は硫化物といえる。
ちなみに合成顔料のラピスラズリ、ウルトラマリン(群青)の化学式は、Na8S2+x(Al6Si6O24) である。以上で、ラピスラズリのおおよその定義が出来たと考える。

次に全国宝石学協会の「新訂 宝石」を参照すると、「ラピスラズリは、特にその石に美しい色を与える藍方石(Hauyne) と方曹達石(Sodalite) 、そして黝方石(Nosean) と天藍石(Lazurite) の四つのおもな鉱物の完全な集合である。これらの4鉱物は、すべてが等軸晶系に属し、准長石といわれる造岩鉱物の一種に属している」と載っている。ここで、Lazurite を天藍石としているが、天藍石は Lazulite であり、単斜晶系(三斜晶系ではない)の燐酸塩であって准長石ではないから、明らかに青金石の誤記である。
同じ著者の近刊「宝石宝飾大事典」には、「ラジュライト。Lazurite。和名は青金石。ラピス・ラズリの主成分をなす。類質同像の形で、アウイン、ソーダライト及びノーゼライト(ノゼアン)と共にラピス・ラズリを構成する。」とある。天藍石/Lazuliteにはラズーライトの訳を当てている。
また、ラピスラズリの項には、「和名は瑠璃。ラジュライトを主とし、アウイン、ソーダライト、ノーゼライトの4種の鉱物の混合の岩石」とある。
前述のとおり、ラピスラズリの本質は Lazurite が他の方ソーダ石族鉱物と固溶体を作ったものであって、混合体や集合体ではない。従って上の3つの引用中、「完全な集合」、「類質同像の形」、「混合」という表現は、固溶体とほぼ同じ意味で使われていることに注意する必要がある。前2者はともかく、「混合」を「固溶体」と解釈するのは、一般的な通念に照らしておかしな話かもしれない。しかしこの著者の場合、両者をほぼ同義とみなしていることは他の用例から明らかなので、敢えて読み替えを示唆するのである(備考1〜3参照)。
なお、最近の研究では、ラピスラズリの青い色は、骨組みの空間に入っている硫黄イオンによるものとされている。

日本ヴォーグ社の「完璧版 宝石の写真図鑑」は、「ラピスラズリは、ラズーライト(天藍石)、ソーダライト、アウイン、方解石、黄鉄鉱など数種類の鉱物から構成される青色の岩石である。」としている。原著を調べていないのであくまで推測だが、これはLazurite 青金石とLazulith 天藍石とを取り違えた誤訳であろうと思われる。同じ出版社から同じ監修者の下に邦訳されている「完璧版 岩石と鉱物の写真図鑑」には、ラズーライトと天藍石が別種の鉱物として扱われており(青金石の項目はない)、ラズーライトの写真とデータはどう見ても青金石(Lazurite) である。
ちなみに、ポー博士は上述の論文で次のように駄目を押している。
「Lapis Lazuli にL がついていても、この石は、Lazulite ではありません。 Lapis L は、Lazurite なのです! このことを忘れないと誓いなさい。」
日本語圏でも英語圏でも、青金石と天藍石とはよく混同されているらしい。

以上、長々と書いたが、鉱物種としてのラピスラズリは青金石(Lazurite)である。

(2014.6.12) …上のテキストを書いたのは2003年だったが、その前後から青金石と同族の鉱物、アウインや方ソーダ石の、実にバラエティに富んだバダフシャン産の標本が市場に提供されるようになった。それらは種の同定に関わる問題を多かれ少なかれ含んでいるようである。最近の知見によれば、組成分析が行われたすべての(同地の)ラピスラズリは、鉱物種としてはアウインに属することが分かっているという。それらは硫酸塩であるアウインと硫化物である青金石との間の固溶体(実際には方ソーダ石やノゼアンをも含めた4種の間の固溶体)であるが、硫化物の要素が過半を占める標本は見つかっていないのだ、と。
MR誌 Vol.45 No.3 (2014年) は産地サー・エ・サンを特集しているが、その記事の著者ら(T.P.Moore/ R.W.M.Woodside)は、この実質アウイン(硫化性アウイン)を慣例的にLazurite(青金石)と呼ぶことを妥当としているが、現在の市場では、「不透明でウルトラマリン(群青)ないしミッドナイトブルーの色を呈し、明るい青の条痕色を示し、かつ蛍光性をもたない」もの、つまり旧来タイプの石を Lazurite とし、それ以外の石、蛍光性をもつもの、伝統的な濃い青色でないもの、透明性のあるものなどはアウインとして扱われるようになっていることを指摘している。また当初ハックマン石として市場に出た石は、ハックマン石の定義が定かでないことから方ソーダ石と呼ぶべきだとしている。cf. No.696

cf.  No.293 / 「青金石の話

付記:「不純物・夾雑物」を含む鉱物が整った結晶を作ることはある。というか、ほとんどの結晶は別種の鉱物をこのような形で内包している。いま仮に青金石の結晶中にアウイン、方ソーダ石を含むラピスラズリがあったとして、これを3者の混合した「岩石」と呼ぶことは一応可能である。しかし、ラピスラズリという「鉱物」あるいは「種」を3者の混合物と呼ぶことは出来ない。アウイン、方ソーダ石は、この場合、副次的な成分に過ぎないからである。
また、青金石がアウイン、方ソーダ石、ノゼアンとの間で固溶体を作っていても、鉱物学上はその組成がもっとも近い端成分の種名で呼ぶべきであり、それはやはり青金石である。(2014年現在の知見では、アウインに分類すべき)
なお、かつて結晶学者アウイは、ラズライト(lazurite)はアモルファスで固有の結晶形を持たない鉱物だと考えていた。その頃にはまだ青金石の結晶は知られていなかったらしい。そして彼がラズライトとしていた鉱物は、実は彼の名を享けることとなるアウインだったわけである。

備考1:一般的な「混合物」の定義 − 「2種以上の化学成分の集合体。化合物と異なる点は、各成分がどのような比率にも存在しうること、また、各成分をどのように混合しようとも、それらが混合前の性質を保っていることである。混合物には均一系、不均一系の両方がある。たとえば、空気は均一系、岩石は不均一系の混合物である。理論的には、混合物からもとの成分を物理的手段によって分離することが可能である。」<三省堂「化学小事典」>
−物理的手段によって固溶体から端成分を分離することは理論的にも不可能であるから、一般的な意味で固溶体は混合物とはいえない(SPS)。

備考2:「宝石宝飾大事典」による「類質同像」の定義−「類似の化学組成をもち、同様の原子配列、多くは同一の結晶系に属する結晶質の物質を、類質同像の関係にあるという。良く知られているガーネット・グループは、代表的な類質同像鉱物である。また方解石(CaCO3)、菱マンガン鉱(MnCO3)、菱苦土鉱(MgCO3)、菱鉄鉱(FeCO3)は、いずれも類似の化学成分で、同一の六方晶系であり、菱面体のへき開を示して、この良い例である。」
−とあり、ここでは端成分について記し、中間的な成分についての言及はない。しかし先の引用文では、文脈からみて中間的な成分を含めてこの語を使用していると思われ、固溶体と同義に解釈してよいと思う(SPS)。

備考3:「宝石宝飾大事典」による「固溶体」の定義−「2つ以上の固体が、互いに均一に混じり合って単一の相(固相)を成しているものをいう。通常はある結晶体が類似の多種の結晶体を溶かし込んだ固体混合物と見なして良い。混合のしかたには、ある物質の結晶格子点を他の物質の原子が置換している置換型と、ある物質の結晶格子の間に他の物質の原子が入り込んでいる侵入型とがある。置換型は同じ結晶構造で、相互の原子の大きさがほぼ等しい時に生じ、侵入型は成分原子の大きさが著しく異なる場合に現れる。石英を除く主な造岩鉱物は固溶体であり、長石、輝石、角閃石、雲母、かんらん石などは2種以上の成分鉱物が混じり合って出来ている。」
−このように「混合」、「混合物」といった語が、固溶体の定義に使用されており、著者が混合という言葉を使うとき、固溶体を含意していることが汲み取れる。(SPS)。

備考4:ラピスラズリ(lazurite)は硫黄分を含むため、塩酸でゼラチン化して硫化水素を発する。方ソーダ石は塩素を含むため、希硝酸に溶かして硝酸銀で塩素を検出できる。

謝辞:ポー博士の論文については、いつものことながら、Sさんにご教示を戴きました。ありがとうございます。

鉱物たちの庭 ホームへ