325.透閃石 Tremolite (ロシア産) |
バイカル湖に注ぎ込むスルジャンカ川の流域は高度の変成を受けた接触変成帯で、ラピスラズリや金雲母の鉱床、あるいは透輝石、石英、方解石の混じりあった純白の岩石が広く分布している。
透閃石(透角閃石)もまたスカルン鉱物として産出するが、こちらは比較的低温環境で生成したものと考えられる。高温下では不安定となり、透輝石に変化してゆくからだ。
この2種の造岩鉱物は端成分に近い(純粋な)ものは白く、鉄分を含むと暗い緑色を帯びる性質がある。(→cf.
バイカル石)
一方、ここにはまたクロムとバナジウムを含む脈層があり、爽やかなリンゴ緑の透輝石や透閃石の産地としても知られている(写真下の標本)。
すなわち、鉄分、クロム分、バナジウム分によって緑色を呈するものが、それぞれ存在しているのである。
バナジウム発色の透輝石は、1870年、ドイツ人のヘルマン博士によって確認され、以来
Lavrovite
(バナジン透輝石)の名で親しまれてきた。N.フォン・ラブロフに因む(Lavroffite,
Lavrowit は別綴/ 1867年 N.J.v.コクチャロフによる献名 )。これには面白い話がある。
バイカル産の Lavrovite は 1970年代に新種の宝石として嘱目されたことがあり、ドイツの科学者たちがハイデルベルグ博物館に残されていた標本を研究した。そして、それが実はバナジウムを含まないクロム透輝石であったことを知った。彼らは残存する資料を精査した上で、ヘルマン博士の発見は誤りであったと結論し、IMAに報告した。かくて Lavrovite の存在は否定されたのである。
ところが、ここに
IMAの判定に疑問を持ったイルクーツクの地質学者たちがあった。彼らは独自に現地調査に乗り出し、信じていたとおり、バナジウムを含む透輝石を見つけ出したのだ。 Lavrovite 復活。
彼らはほかにクロム透輝石、クロムを主成分とする輝石であるコスモクロア、さらにバナジウムを主成分とする新種の輝石をも発見した。最後の石は
1985年にナターリャ輝石と名づけられ、ラクスマン以来、実に200年に亙るスルジャンカ鉱物史上、初めて発見された新鉱物となった。
研究者はやはり現場に赴かなければならない。
ちなみにその後スルジャンカでは、クロムを含む雲母の一種 Chromphyllite やバナジウムを含む苦土電気石 Vanadiumdravite など6種の新鉱物が記載され、新種の可能性のある15種の鉱物が、現在、鋭意研究中であるという。
補記:バイカル湖南東のスルジャンカ雲母鉱山は 18世紀に採掘が始まり、1970年代にかけて金雲母を採った。ここでは方解石の脈中に巨大な透輝石の結晶が出た。10cmサイズは普通で、大きなものは30cmに達した。たいてい半透明だが、時に透明な宝石質のものがあるという。
湖の南端スルジャンカの町から 5kmほど離れたペレヴァル大理石採石場は
21世紀初も現役で、方解石が大理石化する境界付近に鉄分の乏しい色の淡い透輝石の結晶を出す。一部にクロムやバナジウムの濃集する領域があり、ラブロバイトはここで見つかった。
上記 Vanadiumdravite の記載は 2012年で、mindatを見るとその後に記載された新種は vanadio-pargasite (バナジウム・パーガス閃石: 2017年)の1種だけの様子。(2023.6.10)