351.サフロ鉱 Safflorite (ドイツ産)

 

 

サフロ鉱(方解石脈中)
−ドイツ、オーデンバルト、ニーダービアバッハ産
 

サフロ鉱はコバルトの2砒化物である。組成式は (Co,Fe)As2 と書ける。黄鉄鉱グループ(等軸晶系)と同じ形式だが、結晶構造が異なり、同質異像の白鉄鉱グループ(斜方晶系)に属する。自然物は概ね  Co:Fe =4:1 より Fe成分が多く、合成実験ではこれより Coが多いと単斜晶系の物質が形成されるという。
本鉱の記載は、1835年、ドイツ・ザクセン地方のシュネーベルク産に拠る。命名はドイツ語でコバルト顔料を意味するサッフル Zaffer (呉須)に因む(by ブライトハウプト)。そう聞いて連想するのは、マイセン磁器の絵付けだ。白地に鮮やかな藍の色を出すため、ドイツでは銀を精錬する際に得られるガラス質のコバルト顔料(サッフル、スメルト)が利用された(→No.90No.896 参照)。サフロ鉱もそうした顔料の原料として重宝されたのだろう。

上の標本は酸を使って方解石の脈を溶かし、本鉱を浮き出させたもの。この種の産状は熱水に溶けていたコバルトや砒素が方解石に逢って析出したものと解釈出来る。(樹枝状になるのは自然銀を交代したと考えられる。)

補記:コバルトの酸化物には灰色の酸化第一コバルト(酸化コバルト(II))、黒色の三二酸化コバルト(酸化コバルト(III))、黒色の四酸化三コバルト(酸化コバルト(II,III))の3つの形が知られており、いずれも陶器、ガラス、エナメルを青く着色するのに用いられる。
補記2: zaffer はサッフィール(サファイヤ)と同じ語源。ちなみにサフロ鉱の語源としては本鉱から抽出した紅花(Safflower)色のコバルト化合物を顔料としたことによるともいう。ウィークス/レスターによれば、「15世紀の末頃にザクセンやボヘミアの境でコバルト鉱石が大量に産出し、16世紀にはこれを用いた陶器用の青色顔料が製造された。これはまたガラスを美しい青色に染める物質でもあった。選挙侯ヨハン・ゲオルク1世(1611-1656)はシュネーベルクで大規模なコバルト産業を興すための援助を与えた。焙焼されたコバルト鉱石には正体を隠すために砂が加えられ、その混合物がザッフェル zaffer、サフロール safflor、サフラン safran などの名で呼ばれた」、という。この物質がサフラン色だったのだろうか。
錬金術の伝統ではサフラン(色)は黄金を象徴する言葉であり、賢者の石を作る4過程の1、黄化(キトリニタス、シトリン化)と等置することのできる言葉でもある。いずれにせよ、実体は着色能力の高い青色顔料であった。 cf.No.655 輝蒼鉛鉱 付記

補記3:中国の青花(せいか)磁器は一般に元代にイスラムの影響を受けて出現したと見られるが、古く唐・北宋の頃の白地黒花に起源を求められるとする説もある。しかし美しい青色の発色が実現したのはやはり元代で、イスラムから顔料が入ってきたことと高火度の還元焔が利用できたことに拠る。
コバルト鉱はマンガンを含まない砒素鉱か、マンガン成分がコバルトの3倍以上含まれる鉱石に2大別出来る。中国産のコバルト鉱(呉須土 Asbolite)はほぼ後者に属し、ペルシャなど中東産のものはたいてい前者であるという。マンガンを含むコバルト顔料は発色に紫色や赤色が混じる傾向があり、一方砒素を含むものは純粋な濃い青色を呈するが同時に鉄分が多いため黒い斑点を生じやすい。14世紀(元代)の青色顔料は概ねペルシャからの輸入物で、17世紀以降のものは逆にすべて中国産が用いられているそうだ。
明代の官窯で用いられた青色顔料は「蘇麻離青」(スマリチン)、「回青」(フイチン)、あるいは「蘇渤泥青」(スボニチン)と称されたが、これは西域からの輸入顔料で、スマルト/スモルト(smalt)または Asbolite/Asbolane の音との類似が指摘されている。
ちなみにヨーロッパでは16世紀前後にスマルト顔料が盛んに製造されたが、元代(14世紀)あるいは明代(15世紀)の中国がイスラム圏から青色顔料を輸入していたとすれば、アラビアのスマルトはドイツに先行していたことになる。
(参考:「中国化学史」島尾永康著)

なお、アラビア語にザフラー Zahra' は「花咲く」意で、コバルト顔料をサッフルと呼ぶのは、西洋錬金術(アル・キミア)の源流であるイスラムの、青花文様の染付細工に何か関係がありそうな気がする。

<白鉄鉱の結晶構造モデル>
- Dana's New Mineralogy 8th より

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