456.輝沸石 Heulandite (カナダ産) |
ノバスコシアに行ってみたい、と思い続けて20年になる。もともとその名の響きに惹かれていた。バンクーバーで万国博覧会が開催されたとき、カナダの各州がパビリオンを競ったが、ノバスコシア館で上演されたムービーフィルムは実によかった。手作り風味の地元ロケ、どこまでも続いているような緑の草原と、大地を駆けて微笑む少女の生気にあふれた姿にノックアウトされた。ロバート・ヤング描く、4月や9月の風をまとった17歳のたんぽぽくじら娘の世界である。
P.K.ディックのSFに、ノバスコシアのコミューンで救世主が育っているとかいう風聞が囁かれると、さらに行ってみたい気持ちが募った。
ある年、シカゴからの帰路、乗り合わせた隣席のカナダ人とウマが合って、成田に着くまでずっと喋っていたことがある。ノバスコシアに行きたいと話すと、ちょうど前の週に家族で旅行してきたところだと声を弾ませ、紅葉期の林や丘や海を見下ろす写真を見せてくれた。そのとき初めて、ここはアメリカ人やカナダ人がスキーやアウトドアスポーツに訪れる土地だと知った。
今、手元にノバスコシア産の標本がある。そんなことまでが嬉しい、憧れ焦がれるノバスコシア。
輝沸石は玄武岩の晶洞中等に姿を見せるありふれた沸石のひとつで、軽度の変成作用を受けた火山岩やその砕屑岩帯にも生じる。特に広域変成岩に産するときは最低変成度の指標鉱物とされる。熱に敏感で、より高温の環境では濁沸石と石英とに分解する。
濁沸石は実験室的に合成するのが難しいことで知られるが、自然界では普通に目にすることの出来る沸石だ。空気中では容易に脱水してパウダー化する傾向があり、レオンハルト沸石(野外名)と呼んで区別することもある。濁沸石が出現する岩石では、成分鉱物はたいてい分解しているという。
輝沸石と関係の深い沸石に斜プチロル沸石がある。1932年に記載され、その後、輝沸石の変種と考えられていったん独立を否定されたが、1960年、あるアメリカ人の研究がきっかけで返り咲いた。彼は輝沸石の標本を微赤熱(約450℃)で一昼夜加熱したのだが、熱に敏感なはずの沸石に変化が生じないことに気づいた。斜プチロル沸石だったのだ。同時に非常に広く、ガラス質酸性凝灰岩の主成分をなすこと、もっと高い熱(〜700℃)でも結晶構造が壊れないこと、輝沸石と比べ、アルカリ分がやや多いことなどを確認した。このことが公表されると、日本でも各地から産出が報告された。耐震性、耐火性に優れる石材として親しまれた大谷石(おおやいし:一種の凝灰岩)は、本鉱が主成分であることが分かった。(この項、ほぼ加藤昭「櫻井コレクションの魅力」による)
ノバスコシアには、人跡まれな手つかずの土地がたくさん残っているという。標本の産地、アメシスト・コーブは別名キャプテン・キッドの入り江という。富裕な商人から私掠船(プライバティア)の、そして海賊船の船長になったキッドの拠点のひとつがノバスコシア沿岸だったことに関わるらしい。きっと周囲から隔絶された、秘密の隠れ家に相応しい場所なのだろう、と空想をたくましくする。あるいは世に名高いキッドの隠し財宝が眠っているかもしれない。もっとも我々にとっての宝は、やはり玄武岩の晶洞にちりばめられた沸石たちということになろうか。
cf.No.455 輝沸石と濁沸石が共存している標本、 No.704 (プチロル沸石/モルデン沸石)
補記:斜プチロル沸石。単斜プチロル沸石ともいう。英語ではクリノタイロライトと発音するらしい(破裂音p が飛ぶ)。交換性陽イオンは Na, K, Ca それぞれ優越する例が知られており、Clinoptilolite-(Na)のように記して3種区別されている。