457.アルカディア石 Chabazite var.Acadialite (カナダ産)

 

 

Chabazite var. Acadialite アカディー沸石

輝沸石(白色) と双晶を示すアカディー沸石(オレンジ色)
-カナダ、ノバスコシア、ファンディ湾岸、ワッソンの断崖産

Stilbite 束沸石

束沸石 −カナダ、ノバ・スコシア、ワッソンズ・ブラフ産

Gmelinite グメリン沸石

グメリン沸石 −カナダ、ノバ・スコシア、トゥー・アイランズ産

 

 

カナダの大西洋沿岸地域は、大航海時代を経てヨーロッパに知られるようになり、入植したフランス人(ロアール地方の貧農出身者たち)の手で1605年にアカディー植民地が形成された。英語でアケイディア、独語にアルカディア、理想郷と冠された新天地だった。
しかしすぐ後からスコットランド人が来てノバスコシア(新しいスコットランド)植民地を建設し、以後英仏間の長い勢力争いに揺れた。
1755年の追放令では6000人のアカディア人が故郷を逐われた。いくたりかは流浪の末に新たな土地を見つけたが、いくたりかは1763年頃から古巣に戻り始め、イギリス系住民の土地を避けて再び定住したという。
余談だが、ジャンバラヤで知られるスパイシーなケイジャン(Cajun:アケイディアンAcadian の訛り)料理は、アメリカ南部ルイジアナ州に定着した旧アカディア人が編み出した庶民料理だ。

理想郷ノバスコシアはまた沸石の名産地でもある。インド産の沸石が世に膾炙する以前は、アメリカのニュージャージーやオレゴン、デンマークのフェロー諸島、アイスランド、スコットランド、日本などとともに定番産地として鳴らし、それぞれに味わいのある良標本を送り出した。
 ファンディ湾を取巻く景勝の玄武岩地帯では、湾や島々の険しい崖沿いを辿りながら、今でも沸石やその類縁鉱物(や化石)を採集することが出来るという。 なにしろ懸崖だから、地崩れでもあって波打ち際に新しい土石が散らばっている時が狙い目になるが、ファンディ湾は世界でもっとも干満の大きな地域。潮差は16mに達するため、干潮をはずすとまずそんな場所に近づけない。採集時期としては春先の干潮時がお勧めだそうだ。夢中になって満ち潮に退路を絶たれないよう注意。

上の標本は菱沸石の一種で、かつて Acadialite アカディー沸石と呼ばれたもの。ノバスコシア産の沸石中、もっともカラフルなもののひとつで、赤〜オレンジ色の菱面体にして、しばしば貫入双晶を為すのが特徴だ(菱沸石は一般に双晶しやすい)。色目は産地(崖)によって若干異るが、ワッソンズ・ブラフでは暗い赤色のものが多い。 19世紀の初めにはすでに知られており、ヨーロッパ産の既知の菱沸石との間で成分比較が行われたりした。Acadialite の名は、ノバスコシア産の菱沸石をユニークなものと認めたトムソンが 1834年に名づけた。No.449(輝沸石)で「赤沸石」について触れたが、こちらは赤ディー沸石といったところ。
ちなみに菱沸石は風化に弱く、同産地の標本でしばしば菱面の稜が鈍っているのは霜にやられたためらしい。地下水によっても浸食され、ついにはぼろぼろ崩れてしまう。するとその後に束沸石の結晶が、少しも浸食されない完全な結晶形と輝きとを保って姿を現すという。上の標本でもちょいと顔をのぞかせている。

Acadialite は野外名となって久しいが、ノバスコシア好きの私は、アカディアという名にも心惹かれ、同地産の赤い菱沸石は、やはりアカディー沸石とかアルカディア石とか呼びたい。そうしてゆえもなく虚空に視線を解き、「我が青春の…」とか呟きたい。
「まゆ…」
「はあろっくう」 
Et in Arcadia ego (われもまたアルカディアに!)
…SF世界の天才科学者には、なぜいつも可愛くて健気な娘や孫娘がついているのだ? 

Cf. No.13 グメリン沸石

補記:日本でもっとも干満が大きいのは有明海で、潮差約5〜6mという。
補記2:木下「鉱物学名辞典」には、命名は F.Alger & C.T.Jackson (1843)とある。
補記3:鶴田謙二画伯描く、科学者の「孫娘」たちは圧倒的ですよな。
 

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