532.モーツァルト石 Mozartite (イタリア産)

 

 

Mozartite

Mozartite with Pectolite モーツァルト石

モーツァルタイト(中央の暗赤褐色部) 
左上の細柱状結晶はペクトライト
−イタリア、リグリア、ラ・スペツィア、ツェルチアラ産
(撮影 ニコちゃん)

 

モーツァルト石という。
稀代の作曲家モーツァルトの名を冠した鉱物があることは、「宮沢賢治は何故石が好きになったのか」(どうぶつ社 2006年)で紹介されているから、愛好家にはすでにおなじみのトピックであろう。
僕自身はこの原産地標本を手にするまで、インド産の魚眼石に含まれる赤褐色の標本の、それも画像しか見たことがなかった。が、イタリアについで2番目の産地が愛媛県にあるということだから、国産派には見慣れた鉱物であるのかもしれない。

命名の経緯を仄聞した範囲で簡単に記しておく。
本鉱はカルシウムとマンガンの含水珪酸塩で、ヴァニア石のアルミニウム成分をマンガンが置換したものにあたる。イタリア、北アペニン山脈のセルチアラに分布するチャートを伴う変成マンガン鉱床中に発見されたもので、1991年に新鉱物として承認された。この年はモーツァルトの没後200年であるため、申請者はこれを記念してモーツァルト石の名をあてたという。
承認委員会は命名の根拠(その鉱物との関連性)に乏しいとして、いったんは申請を却下したが、モーツァルトが作曲した「魔笛」は錬金術的教義が主題を形成しており、鉱物学に無関係というわけではない、という説明資料と共に2度目の申請が行われたため、委員会はそんなにいうならまあいいか、という空気になって、命名を認めた。なかなか人間味のある配慮というか採決であったらしい。

後から、モーツァルトは錬金術の秘儀を伝承する組織フリーメーソンに属していたとか、魔笛には鉱物学に造詣の深い人物が関わった歴史があるとか、理由が補強されているが、フリーメーソンの秘儀はもともと門外不出のものだし、魔笛がキーワードなら Zauberflötite (魔笛石)と命名すればよかったので、モーツァルト本人が社会的に鉱物学に貢献したわけではなく、また彼と新鉱物との間に関連性があったわけではまったくない。魔笛に具体的な鉱物が出てくることもない。ありていにいえば、こじつけである。

昔学研の月刊誌「ムー」に、モーツァルトは魔笛の中でフリーメーソンの秘儀を象徴的に表現しており、それは教義の守秘義務を破る行為だった。彼は魔笛の制作をやめるよう圧力をかけられたが、結局公開した。そのため、掟破りとして暗殺された、といったことが書いてあったのを覚えている。映画「アマデウス」が公開された頃だ。
魔笛には分かる人には分かるような方法で鉱物の秘蹟が示されているのかもしれない。が、一般人にはその真意は(あったとしても)分からないだろう。それに魔笛の台本を作ったのは実はシカネーダーという人物で、モーツァルトは作曲を請けただけだから、あきらかに濡れ衣である。いずれにしろ申請者は没後200年とか魔笛とかはどうでもよくて、ただただモーツァルトを鉱物名にしたかったのだと僕は思う。(cf. ギーゼッケが台本を書いたという説もある⇒No.676

それにしても地味である。優雅で天上的なモーツァルトの音楽とこれほどかけ離れた外観の鉱物に、なぜそんなに頑張って名前をつけたかったのだ?と言いたくなる。
とはいえ、新鉱物の発見はいつでも望むだけ出来るというものではない。千載一遇に巡ってきたチャンスを、とにかくモノにしたいという切迫した想いがあったに違いない。
と、斜に構えたようなことを書いたが、私はモーツァルト石に賛成である。おそらく発見者はモーツァルトへの想いをエネルギーに新鉱物を発見したに違いないから。

また、その名が承認されたことで、命名の選択肢が広がったともいえるのではないか。新鉱物の命名は、人物名の場合、発見に関わった人物(ただし申請者を除く)か、申請者の恩師・先輩などでなんらかの意味で関連分野の研究に携わった人物に限られるのが慣例となっている。
しかしモーツァルト石がいいのなら、直接発見に関わらなくても、鉱物学上の業績がなくても、学閥に入っていなくても、今後は献名の対象になりうるはずだ。もちろん多少は−本人か友人か創作品かなにかが−鉱物に関係していなくてはならないけれど、例えば文学者なら宮沢賢治石だとか(日本の愛好家なら異議なしだろう)、長野まゆみ石だとか(鉱石倶楽部!)、坂田靖子石だとか(彼女の作品にはキャッツ・アイとか宝石が出てくるよ)が可能だと思う。
ああいいねえ、こらいいねえ(←アイネ・クライネ)。

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