533.魚眼石(桃) Apophyllite (ドイツ産ほか)

 

 

アポフィライト−ドイツ、ハルツ、アンドレアスベルク産

アポフィライト −メキシコ、グアナジュアト産

魚眼石−ロシア、タルナック、ノリスク付近産

魚眼石 −愛媛県上浮穴郡久万高原町槇ノ川産

 

魚眼石(ぎょがんせき)という漢語風の和名は、この石のへき開面が強い真珠光沢を放ち、さながら魚の眼のように見えるためだという(注1)。ただその眼が生きた魚の眼なのか、陸に上がって魚屋さんの棚でのびている眼なのかは、いくつか鉱物書をあたってみたけれどはっきりしない。この描写は "Fish-eye stone" という別名に鑑みたもので、日本人が言い出したわけではないようだが、それにしても明治時代の学者さんたちには、石の光と魚の眼の光がほんとうに重なって見えたのだろうか。私としては生物のもっとも生物らしい部分に鉱物をなぞらえる離れ業にむしろぎょっとさせられる。
もっとも、目玉模様の石や猫眼効果のある石など、鉱物と眼とはまんざら連想が結びつかないわけでもないのだが。

 学名のApophyllite アポフィライトは「葉片状に剥がれる石」の意味である。魚眼石はフィロ珪酸塩鉱物で、珪酸がシート状に結合した構造を持ち、シート間に水和した水分子(結晶水)が挟まっている。そのため結晶を加熱すると水分が飛んでシート間の結合が破壊され、葉がむけるようにはがれるのだ。この面はへき開面でもある。
魚眼石は沸石類と外観が似ていて、産状も相伴うことがあるので、かつては沸石の仲間に入れられていた。いまでも同列に扱われることがあるが、沸石はたいていテクト珪酸塩であり、珪酸構造の中に必ずアルミニウムを含んでいる点で、やはり魚眼石とは異なっている。沸石も加熱すると水分を失って白濁したり割れたりするが、基本的にその結晶構造は魚眼石より頑丈で、結晶中の水分(特に沸石水と呼ばれる)が構造を破壊せずに自由に出入り出来る。これは沸石の大きな特徴となっている。

 魚眼石は3種に大別され、もっとも普通にみられる種は Fluorapophyllite (フッ素魚眼石)と呼ばれていた。先頃、分類名の整理があって Apophyllite-(KF)という名前に変わったが、和名の方は標本商さんの販売リストなど見る限り、従来通りフッ素魚眼石と記載されている。字義通りに訳せば、カリウム・フッ素魚眼石となるべきか。Hydroapophyllite(水酸魚眼石)はApophyllite-(KOH)に 、Natroapophyllite(ソーダ魚眼石)は Apophyllite-(NaF)になった。
ついでに言うと、Apatite(燐灰石)も Fluorapatite (フッ素燐灰石)が Apatite-(CaF) になった。鉱物名は記号化の時代を迎えているのか。

 このページでは淡桃色の魚眼石を集めてみた。
上の標本はクラッシック。アンドレアスベルクのピンクの魚眼石はかつて名産品だったらしいが、今はほとんど見ない。2番目のメキシコ産は近年よく見かけるもので、新しい定番品といえるか。3番目のロシア産は結晶の形が平板状の特異なもの。MR誌などのグラビアで時々見かけるが、流通量はあまり多くないようである。日本にもピンク色の魚眼石は出る。槇ノ川はその筋では有名産地。いずれもほのかなピンク色が可憐で好ましい。

 

(注1) 結晶の柱の方向(C軸)から見ると、c(001)面の内部(柱状結晶の水平な頭部)がぼーっと白く輝いてみえるから、としている本もある。なおへき開は{001}面に完全で、C軸に対して直角方向に割れやすい。

補記:魚眼石の呼び名は、 J.B.de アンドラダ・エ・シルヴァ(1763-1838) の報告した Ichtyophtalme: イクチオフタルム=魚の眼の石が元になっているようだ。 cf. No.829 補記1 同じ意でウェルナーはドイツ語 Fischaugenstein と呼び、これを和名に直したのは小藤・神保・松島博士らという(1890年)。

歴史を遡ると古く「魚の眼」と呼ばれたのは真珠だった。古代メソポタミア世界ではアラビア湾のディルムン(ハバレーン島)が採取地として知られて、シュメール人の間でこの地の真珠が「魚の眼」と呼ばれたと見られる。
紀元前4世紀のアレキサンダー大王の東征によってヨーロッパ人はオリエント世界をその目に見たが、アラビア湾奥まで航行した艦隊に乗り組んだアンドロステネスが真珠について書き、「真珠は金色と純白のものがあり、純白のものは魚の眼に似ている」と描写した。当時の真珠の大きさは径5ミリ程度以下で大きさ的に魚の眼として妥当だが、その輝き方もまた魚の眼のようだと見られたのだろう。
また古代ギリシャのテオフラストスは「石について」で、マルガリテス(真珠)を述べ、その大きさは大きめの魚の眼ぐらいだ、と書いている。
魚眼石の結晶はたいてい真珠よりずっと大きいが、そのへき開面は強い真珠光沢を示す。つまり真珠と魚眼石とは輝きの類似によって結びつき、古代の真珠の呼び名が受け継がれたということが出来る。

ちなみに真珠雲母 Margarite はそのまま真珠(マルガリテス)の名を持つ真珠光沢の雲母。

補記2:錬金術において「火花」は地の中心、火を発する中心であって、始原の者アルケウスが住む源泉である。しばしば「黄金と銀の火花」と形容され、地中に数多く見出される。それは「魚たちの目」 oculi piscium と呼ばれる。(ユング「結合の神秘1 邦訳P.80)

補記3:愛媛県久万町(現久万高原町)は1970年代に日本有数の鉱物産地として愛好家間に知られるようになった土地らしい。松山市から南東に山地に分け入った盆地である。安山岩(黒雲母安山岩)の岩脈が東西に走り、これをバラスや石垣材料として採石する石切り場が当時いくつも拓かれていた。石材の晶洞(ガマ)に沸石類や魚眼石、ダトー石などが入っている。
淡紅色のマンガン方解石の花弁状の結晶が径数センチのまるい集合体となって出て、「石のなかに咲いたバラの花」と形容された。板状、陣笠状、犬牙状、柱状、針状などさまざまな形態があり、柱状結晶の先端に針結晶が伸びた「麦の穂状」のものもあった。菱沸石は無色透明のそろばん玉状で、「透入三連晶」をなした。魚眼石は普通は無色〜白色だが、ときに淡紅色をなし、頭部がわずかに切れた正方錐形の結晶が晶洞に鎮座する美品が称揚された。 cf. No.782 ダトー石

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