596.黄水晶 Citrine (ロシア産ほか)

 

 

Citrine シトリン 黄水晶

シトリン −ロシア、ウラル、オリコフスコエ産

Citrine シトリン 黄水晶

濃色のシトリン −ザンビア、kitwe 産

 

黄色い水晶のことをシトリンという。シトロン(レモンと同属のクエン樹)と同源であることは容易に察せられるが、レモンのような爽やかな色あいのシトリンは案外に見当たらず、なんとなく黒っぽいようなツヤツヤした感じの黄色や、あめ色と言いたい濃い黄橙色のものが多い。レモンとは発色の要因が違っているのだから当たり前かもしれないが、名が体を現してない気がする。そしてどうやら市場に出ているシトリンの多くは人為的な処理によって着色されているらしい。

あるときいつものお店で、天然のシトリンという触れ込みのロシア産標本を買ったのだけど、半年も経たないうちに、通販リストに放射線着色のようだと断りが入ったのを見つけてがっかりした(上の画像)。次にお店を訪ねた機会に「天然じゃなかったんですか?」と質すと、「分からないんですよね。証明できないので」とやんわり濁す。しかしその後、一貫して放射線着色品として扱われているから、店主には何か思いあたるフシがあったに違いない。
そのあたりの事情らしきエピソードが昨年末に出た「水晶の本」に書かれており、「地元のコレクターから、自分が採ったといわれ購入した」が、「のちに合成鉱物の大家バリツキー教授に『人工着色』と断定されて大いにがっかりした」とあった。ああそうか、博士もやっぱりがっかりしたんだな、と思った。

純天然の黄水晶はわりと珍しいとされ、無色の水晶と違ってどこにでも出るわけではない。また黄色といってもごく淡い色目が普通で、それこそレモン果汁ほどの仄かな黄色だといわれてきた。しかし最近はいろんな産地から濃色の標本が出ており、シトリンの希少性や色あいについて一般論を述べるのは尚早かと思う。(これらが天然かどうかもよく分からないが、ボリビア産アメトリンにみられる濃い黄色は天然とみられている)

古い宝石書、例えば春山行夫の本は、かつてシトリンを「スペイン・トパーズ」と呼んだと書いている。コルドバに近いヒノヨサ(?)で採れる質の良い煙水晶を熱して黄色にしたものが出回っていたためらしい。戦後に出たスミスの宝石書では、スペイン・トパーズの名はすでに使われなくなったとあるが、別の書物にはまた、ビクトリア朝にシトリンが流行したのは誤ってトパーズのレッテルを貼ったためだったこと、市場に現れているシトリンの多くは煙水晶またはブラジル産の紫水晶を熱して黄色くしたものであること、トパーズに似るので「クオーツ・トパーズ」と呼ばれることがあるが、この名は加工地のオーベルスタイン(ドイツ)の宝石商たちが使いたがっていたのだが論争を経てシトリンに統一されたと出ている。「誤って」とは随分上品な表現だが、18世紀頃から一世を風靡したドイツ、シュネッケンシュタイン産の黄色トパーズにあやかって、あるいはその代用石として扱われたことの反映だろうと思われる。

ブラウン/スペンサーの「鉱物界」(1912)は、シトリン、ブラジル・トパーズ(ゴールデン・トパーズ)、スペイン・トパーズなどを一応分けて扱っており、シトリンは鉱物学者がシトリン黄〜ワイン黄色の透明水晶を呼ぶ名だが、商取引にはほとんど用いられない、原産地はスコットランドのアラン島だと書いている。

宝石にされる黄水晶が熱処理品であることは秘密でなく、多少なり心得のある人なら知っていたようである。日本でも宮澤賢治が書簡の中に「黄水晶を黒水晶より造る」と書いている。黄水晶という宝石はむしろ市場に登場したときから熱処理によって美しい黄色に造られたものだったのではあるまいか。
一方、黄水晶をトパーズの一種であるかのような名称で販売したことについては、後の宝石商や宝石学者がこぞって酷評した通り、誉められたことではない。かといってその慣習がすっかり廃れたわけでもないらしい。近山晶の大事典は「日本の市場では、かつては黄水晶と加熱処理黄水晶のほとんどをトパーズと表示した好ましくない例があった。しかし今では改まり、トパーズ・クオーツあるいはシトリン・トパーズとして、本トパーズとの混同を避ける表示が行われている。」と書いているのだが、トパーズの表記はダメだがシトリン・トパーズならOKという理屈は素人にはよく分からない。シトリン・トパーズだって十分に紛らわしいと思う。

下の画像のザンビア産は濃い黄色が美しい。これもいつものお店で買ったのだが、天然か処理品かは訊かずにしまった。ブラジル産の加熱シトリンによく似た色であるが果たして?
ブラジル産のシトリンは持ってない。ひとつくらいサンプルがあってもいいと思うときもあるが、熱処理と分かっているのでやっぱり手が伸びない。空港のお土産物屋さんとかパワーストーン店においてあるのを見ると興ざめな気がする。効能が書いてあるのだが、「だってもともとアメシストだぜ?」と思ってしまうのだ。

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