599.煙水晶 Smoky Quartz 

 

 

Smoky Quartz 煙水晶

Smoky Quartz 煙水晶

局部的に煙水晶化した水晶群晶  
-産地不明 (イダーオーベルシュタインにて入手)

 

水晶は理想的には珪素と酸素とで構成されるが、100%純粋であることは自然界ではむしろ稀である。比率は痕跡量程度だが、珪素の一部がアルミニウムに置き換わっている。煙水晶はそうした含アルミニウム水晶が放射線を浴びることによってわずかずつ曇ってゆき、長い年月の間に煙色〜黒色になったものと考えられている。

長い年月とはどのくらいか。曇る程度は積算線量によるはずだから、水晶の周囲にどれほど強い放射線源があるか次第ではあろう。一般に天然の線源は宇宙線と地中に含まれるウランやトリウムなどの放射性元素(とその壊変系列の元素)と考えられる。ウランやトリウムは火成岩では、マグマが固まってゆく最後の過程まで残って、花崗岩ペグマタイトなどに濃集する傾向がある。実際、花崗岩の放射線量は比較的高く(といってもたかが知れているが)、晶洞にはしばしば煙水晶や黒水晶が見られる。この場合、濃色の煙水晶が生じるには数百万年の時間を要すると考えられている。放射線レベルの低い環境ではさらに長い時間が必要だろう。

ところで煙水晶化は不可逆的な過程ではない。この現象は放射線からのエネルギーを受け取ってアルミノ珪酸分子から電子が弾き飛ばされるために結晶構造(電荷分布)に歪みが生じ、通常光を浴びたときのエネルギー吸収が普通の水晶と異なる反応を示すようになるものである。この種の着色因子はカラーセンターのひとつだが、歪みが解消されれば消滅する。実際、煙水晶を約200℃の雰囲気中で加熱すると急速に色が消失したり薄くなったりすることが報告されている(退色したものに放射線をあてると再び煙水晶化する)。長時間日光にあてると色が淡くなることもある。しかしその変化はアメシストの失色ほど鋭敏ではない。
また、ある研究によると、煙水晶のカラーセンター形成は50℃以下の温度環境でのみ進行するという。温度の高い環境では形成速度より消失速度が優る。天然の煙水晶はだから、ふつう水晶が結晶したときよりも温度がずっと下がった環境で、非常に長い間放射線を浴びて生じたものであろうし、長く地中にある間に熱履歴を受けていれば、色が濃くなったり淡くなったりを繰り返している可能性がある。

ウランやトリウムは堆積岩中に濃集して鉱床を形成することがある。鉱床に(熱水性の)水晶が伴えば、長い年月の間にはやはり煙水晶が生じるはずだ。しかし、一般に熱水起源の水晶脈には煙水晶はあまり見つからないと言われている。アルプス熱水脈は煙水晶を産するが、色が淡くて透明度の高いものが多い。環境的に放射線強度が低いのか、高温の熱水に浸されて煙化が進行しないのか、後で述べるように別の抑制因子が働いているのかはよく分からない。

アーカンソー州は世界最高の呼び声も高い美しい水晶を産する。およそ200万年ほど前に生成したとみられており、よく形が整い、結晶面に強いテリがある。たいてい無色透明で煙水晶はまれだ。地中にある間ほとんど放射線を受けなかったのか別の要因で透明のままなのか、やはり不明としておきたいが、人為的に放射線をあてると速やかに濃色の煙水晶に変化する傾向がある。ひところ標本市場によく出回ったため、天然ものか人工ものか、しきりと取り沙汰された。総論として、かなりの高確率で人工ものとみて差し支えない。

人工煙水晶の見分け方について、いくつかの説がある。「天然の煙水晶と違って先端部が濃色で母岩や根元の部分は白い。放射線が根元の部分に当たっていないからである」とか「人工的に照射した煙水晶は、独特の油っぽいテリがある」などといわれている。しかし原理的にはまったく正しくないと私は思う。
煙水晶は、紫水晶ほどではないが、濃淡の色むらや斑状の模様が生じることがある。上の説は(国産の)天然ものは根元の方が黒いという観察に基づいている。が、世界的には先端部や結晶の縁の部分ほど濃色になっている例も多い。どの部分で色が濃くなるかは、おそらく産地(産状)によって特徴が変化するもので、放射線を人為的に照射したかどうかに拠るのではあるまい。(これまで再三書いたことだが、天然でも人工でも放射線の作用は同じだ)。

また人為照射の手法(付記1)からみて、選択的に根元部分や母岩部分に放射線があたらないようにする、といったアレンジは難しい。ひとつの標本をとってみると、照射線量はほぼ均等であり、かりに放射線が結晶頭部側から母岩側に向けて通過していくケースがあったとしても、母岩に達するまでに著しく減衰されるとは考えにくい。(一般に照射にはコバルト60が用いられる。主たるγ線レベルは1.333MeVと1.173MeVであり、20cmの鉄板で1/1000程度まで減衰される。言い換えると線量を 1/10に落とすには鉄板約7cm相当の物質が必要であり、たかだか数cmの二酸化珪素(水晶)の標本の内部で濃淡差が生じる説明には不適当である)

煙色が異様に濃くて不自然に見えるとしたら、それは浴びた線量がきわめて多かったためだろう。天然の煙水晶でも同程度の放射線を浴びれば、やはり同じような濃色になるはずだ。「結晶がイヤらしいテリを持つ」という観察は、きわめてクリアで結晶面に強い光輝を持つアーカンソー産透明水晶の特徴がそのまま煙水晶になっても失われていないことによるのだと思う。

水晶が受け取る放射線量が局部的に変動するケースはむしろ天然もので観察されるだろう。放射線源がウランやトリウム(由来の元素)の場合、崩壊に際して解放されるエネルギーの大半はα線やβ線(粒子線)の形をとる。これらはコバルト60のようなγ線に比べると、到達距離がかなり短い。特にα線は紙一枚で止められる。つまり強大なエネルギーがすべてごく近傍の物質に与えられ消費される。従って煙化は局部的になりやすい。
もちろん放射線源が広範囲に一定濃度で分布していれば、結果的に均等な照射が行われ、色ムラの少ない煙水晶が生じると推測される。

天然ものでも人工ものでも、部分的に煙水晶化した標本が存在する。原因のひとつは(天然では)線源の偏在だろう。結晶構造に歪みをもたらすアルミニウム成分の濃度が部位によって変動することも考えられる。歪みの少ない部分では強い放射線を浴びても煙化が進行しにくいはずだ。また煙化を妨げる抑制因子が存在するようである。
水晶が形成されるとき、アルミニウム(イオン)の混入によって生じる電荷の不足を補填するため、水素、リチウム、ナトリムなどの陽イオンが取り込まれる傾向がある。このとき水素を取り込んだ水晶は放射線照射による煙化を受けにくいと報告されている。水素イオンがカラーセンターの生成を抑制するらしい。
以下は机上の想像に過ぎないが、含水珪酸(オパールや玉髄・瑪瑙など)や水分・気泡をインクルージョンに持つ類の水晶は、放射線による着色を受け難いのではないか。水晶の群晶で、しばしば白く濁った根元部分が煙化していないのはそのためではないか。
オパール(玉滴石など)や玉髄の場合、ウラン成分はウラニルの形で取り込まれる。標本は紫外線によって黄緑色に蛍光する。しかし煙化しているものはほとんどない。水分が煙化を抑制しているのではないか。(生成年代の若さもあるか)
一方紫外線で蛍光する水晶(無水珪酸)・煙水晶の標本はきわめて稀である。これはウランが取り込まれているとしても、ウラニルの形をとらないからだろう。

ちなみにリチウムを取り込んだ水晶は、ロシアの人工着色の例が示すように(No.597)、放射線で黄色に着色される傾向がある。

付記1:アーカンソー産の煙水晶は一時大量に市場に出回ったが、ほとんどすべて放射線処理品だといわれていた。
アメリカでは殺菌や発芽抑制のために、生鮮野菜や果物に対して大線量の放射線照射が行われている。例えば箱詰めトマトのコンベアラインに水晶を詰めた箱を混ぜて流す。コバルト60の照射ラインを何度かくぐらせて煙水晶を作る。くぐらせすぎると水晶はまっ黒になる。
適度の照射によって好ましい透明度を残した煙水晶は、天然品と見分けがつかないはずである。きっと天然品に混ざって鉱物愛好家のキャビネットに収まり、偏愛を受けていることだろう。

付記2:ルチル(二酸化チタン)を含む水晶はときに全体に茶色がかって見えることがあり、茶色の発色がチタンに帰されることもある(cf. No.545)。また有機物(炭化物)を含んで黒くなった水晶があるが、これは含有物を含まない通常の煙水晶・黒水晶と区別して扱われることが多い。

付記3:産地によっては煙水晶に紫色や黄色のゾーン(ファントム)を伴うことがある。
煙水晶には2色性があり、偏光をあててa軸を中心に回転させると、偏光色が黄色がかった茶色から赤みがかった茶色に変化する。結晶が比較的急速に成長したスケルトン水晶(骸晶)やニードル水晶は、放射線を照射しても着色しないことが多い。含水性があるためだろうか?
一方 gwindel と呼ばれるスイスアルプス産の水晶は高度の変成を受けた火成岩中にのみ生じるもので、成長がきわめて遅く、煙水晶となっているのが普通である。

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