598.煙水晶 Smoky Quartz (日本産) |
モリオンは煙水晶の中でも濃色の、黒い水晶(黒水晶)にあてられることが多いが、古くはプリニウスの時代にインド産の黒色の石をモーモリオンと呼んだことに遡るという。
イニシャルMで始まる宝石の項に、「モルモリオンはしごく黒ずんだ半透明の石でインドに産する。プロムニオンの名でも知られる。この石に柘榴石の色が入っていればアレクサンドル石と、紅玉髄の色が入っていればキプロス石と呼ばれる。これはガラティアやチュロスで発見される。クセノクラテスはアルプス付近にも産するとしている。カメオ細工に最適である」というのだが、クリスタロス(水晶)との関連には触れていないので、プリニウスが原石を見たことがあるとは思われない。
カーンゴームの名は今ではあまり聞かなくなったが、スコットランド高地、インバネス南方のケアンゴームがかつて煙水晶の細工で有名だったことから広まったブランド名(商業名)である。スコットランド衣装のブローチや短刀の柄、鼻煙壷の栓などに好んで用いられた。その頃、スコットランドはシトリンの産地としても有名だったためか、あるいは熱処理による煙⇔黄の転換が日常的だったためか、黄水晶をカーンゴームの名で呼ぶこともあって定義は曖昧である。いずれにせよ伝統工芸品であった。水晶細工の質実清楚なテイストは、ビクトリア朝期英国人の嗜好にあっていたのかもしれない。
ちなみに煙水晶は「スモーキー・トパーズ」の名で扱われるケースがあり、一方黄水晶は「トパーズ」として売られた歴史があった。最も珍重された「カーンゴーム」は酒黄色のもので、これはいうまでもなくシュネッケンシュタインのトパーズの色である。ちなみに酒はシェリー(強化白ワイン)を指す。英国人が本当に憧れたのは、あるいは水晶でなく、ドイツ産のトパーズだったのかもしれない。水晶とトパーズとは、無色透明なものでもしばしば混同されることがあるが(cf.No.45)、トパーズの方が屈折率が高いため、より明るく輝いて見える。…そこまで考えると、やはり宝石の魅力はきらきらとよく光ることにあるのだろう、と、これはやや牽強なまとめ。
cf.
ロンドン自然史博物館蔵のカーンゴーム産煙水晶(プロペラ・パターン)⇒画像
cf.イギリス自然史博物館の標本
(バンフシャー、カーンゴーム産)
追記:スコットランド、特にケアンゴームのあたりでは、トパーズの語が煙水晶を指すのが一般的であるという。そうなると問題はトパーズのことをスコットランドではなんと呼ぶのかであるが、そのあたりは今一つはっきりしない。ちなみにケアンゴームのペグマタイトないしその風化漂砂帯では水晶に混じって当然トパーズも産する(見かける確率は水晶より低いが)。mindat に上げられた標本を見ると、一般に無色透明〜淡青色を帯びた庇面式の結晶をなすようだ。