598.煙水晶 Smoky Quartz (日本産)

 

 

Smoky Quartz 煙水晶 

煙水晶  -岐阜県蛭川村田原産

 

水晶といえばガラスのように無色透明で光を受けてきらきらと明るく光るイメージがあるが、なかには茶色にくぐもっていたり、黒くてほとんど透明感のないものもある。その種の水晶が、モリオン、カーンゴーム、スモーキークオーツ(黒水晶・煙水晶)などと名前を与えられて宝飾品に用いられているのは、とかく華美を競う手段となりがちな宝石にあって不思議なことのように思われる。
しかしヨーロッパ、特に19世紀後半のイギリスでは、ビクトリア女王に倣って、愛する死者への哀悼を表現するための宝飾品(モーニング・ジュエリー)が流行し、煙水晶や黒玉(ジェット)、オニキス、暗色の琥珀、黒真珠などが好んで求められた歴史があった。この種の宝石は20世紀以降も一定の需要を獲得し、有色宝石とは一味違う、落ち着きのある上品な装身具として愛好されているようである。宝石の命は光と色(と透明感)だが、光(と光沢)だけでも結構人を惹きつける魅力があるということだろう。黒ダイヤ(石炭ではなく、ヘマタイトを磨いたもの)やメラナイト(黒ざくろ石)もそうした地味派手宝石のうちに数えられようか。宝石ではないが、黒くてテリのある漆器の魅力は日本人になじみのもの。化粧板にもピアノブラックというカテゴリーがある。

モリオンは煙水晶の中でも濃色の、黒い水晶(黒水晶)にあてられることが多いが、古くはプリニウスの時代にインド産の黒色の石をモーモリオンと呼んだことに遡るという。
イニシャルMで始まる宝石の項に、「モルモリオンはしごく黒ずんだ半透明の石でインドに産する。プロムニオンの名でも知られる。この石に柘榴石の色が入っていればアレクサンドル石と、紅玉髄の色が入っていればキプロス石と呼ばれる。これはガラティアやチュロスで発見される。クセノクラテスはアルプス付近にも産するとしている。カメオ細工に最適である」というのだが、クリスタロス(水晶)との関連には触れていないので、プリニウスが原石を見たことがあるとは思われない。

カーンゴームの名は今ではあまり聞かなくなったが、スコットランド高地、インバネス南方のケアンゴームがかつて煙水晶の細工で有名だったことから広まったブランド名(商業名)である。スコットランド衣装のブローチや短刀の柄、鼻煙壷の栓などに好んで用いられた。その頃、スコットランドはシトリンの産地としても有名だったためか、あるいは熱処理による煙⇔黄の転換が日常的だったためか、黄水晶をカーンゴームの名で呼ぶこともあって定義は曖昧である。いずれにせよ伝統工芸品であった。水晶細工の質実清楚なテイストは、ビクトリア朝期英国人の嗜好にあっていたのかもしれない。
ちなみに煙水晶は「スモーキー・トパーズ」の名で扱われるケースがあり、一方黄水晶は「トパーズ」として売られた歴史があった。最も珍重された「カーンゴーム」は酒黄色のもので、これはいうまでもなくシュネッケンシュタインのトパーズの色である。ちなみに酒はシェリー(強化白ワイン)を指す。英国人が本当に憧れたのは、あるいは水晶でなく、ドイツ産のトパーズだったのかもしれない。水晶とトパーズとは、無色透明なものでもしばしば混同されることがあるが(cf.No.45)、トパーズの方が屈折率が高いため、より明るく輝いて見える。…そこまで考えると、やはり宝石の魅力はきらきらとよく光ることにあるのだろう、と、これはやや牽強なまとめ。

cf. ロンドン自然史博物館蔵のカーンゴーム産煙水晶(プロペラ・パターン)⇒画像
cf.イギリス自然史博物館の標本 (バンフシャー、カーンゴーム産)

追記:スコットランド、特にケアンゴームのあたりでは、トパーズの語が煙水晶を指すのが一般的であるという。そうなると問題はトパーズのことをスコットランドではなんと呼ぶのかであるが、そのあたりは今一つはっきりしない。ちなみにケアンゴームのペグマタイトないしその風化漂砂帯では水晶に混じって当然トパーズも産する(見かける確率は水晶より低いが)。mindat に上げられた標本を見ると、一般に無色透明〜淡青色を帯びた庇面式の結晶をなすようだ。

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