605.カンクリン石 Cancrinite (カナダ産) |
カンクリン石はわりと珍しい鉱物で、和名を灰霞石という。ナトリウム、カルシウム、アルミニウムの炭酸・アルミノ珪酸塩で、準長石類に分類される。
準長石類というのは長石から若干の珪酸分を抜いたような組成を持つ。例えば霞石の組成から珪酸を4ケ抜くと、アノーソクレースの組成式が出来る。(といっても、霞石と石英(珪酸)を混ぜたらアノーソクレースが出来るわけではない。)
準長石類は一般に珪酸分が少なくアルカリ分が多い特殊なマグマから生じた岩石中に観察されるとモノの本にあるのだが、そうした環境ではなぜ長石でなく準長石が生じるのか。私には長い間の疑問となっている。
例えば、珪酸分を使い尽くすまで長石が形成され続け、その後、残りの成分から珪酸をまったく含まない鉱物が出来るといった選択肢はないのだろうか?
その選択肢がないとすれば、なぜなのか。珪酸という物質には使い尽くされることを回避しようとする性質があって、成分が乏しい(ある一定の濃度以下になった)ときにはセーブモードに入り、珪酸分の多い鉱物よりも少ない鉱物を形成しようとするのか。その方がエネルギー的に、あるいは環境的に安定する条件が付帯しているのか。
単に珪酸分が鉱物に組み込まれにくくなるだけだろうか。それとも例えば、同時に生成しつつある微小結晶の核同士の間で珪酸分の奪いあいが起こり、結果的に珪酸成分を平均して分け合うことになって準長石が出来るのだろうか。そういう秩序というか落とし処があるのだろうか。
別の喩えで表現してみると、勇者2人と格闘家と神官と魔法使い各1人で5人のパーティを構成して冒険に旅立つのがもっとも効率がよく強力な組み合わせであるはずのところ、手近にいる勇者は1人だけだったので、とりあえず4人でパーティを編成し、もう1人の勇者は旅に出てから補充したらいいと思っていたのが、いざ4人組を結成してみるとすんなり馴染んで居心地よく、今さら新しいメンバーを入れてこの均衡を破りたくはない、みたいな感じだろうか。
いろいろ考えてみるが、鉱物学的な正解は何だろう。やはり過飽和度とか溶解度積の概念と関係するものだろうか。(もちろん温度の低下、圧力の変動といった要素は伴うとして)
カンクリン石。原産地はロシア、ウラル山中の霞石閃長岩ペグマタイトで、1839年に記載された。ロシアの財務相を務めたカンクリン伯に因む。カナダのモンサンチレールでは方ソーダ石閃長岩中に初生鉱物として産し、メーン州のリッチフィールドでは方ソーダ石に伴って霞石からの変成物として産する。また石灰岩に火成岩が貫入した接触帯(スカルン)に変成物として生じることもある。
現在市場にはカナダ産の黄色い塊状の標本がよく出回っており、黄色の石は案外珍しいのでそれが一つの特徴といえるが、産地によって白、ピンク、橙色、ときに青色のものがある。樹脂光沢または真珠光沢。硬度5〜6。断口は貝殻状を示す。炭酸基を持つので、珪酸塩鉱物には珍しく塩酸で発泡すると、ある資料に載っているが、楽しい鉱物図鑑2には冷塩酸では発泡しないと書いてあるので、多分加熱する必要があるのだろう。Dana
8th
には酸に溶けて膠状になるとあって、これは珪酸塩の一般的な性質である。
炭酸塩基が硫酸塩基に置換した硫酸質のものは Vishnevite
:ビシネバイト と呼ばれる。
付記:探検家フンボルトの伝記に財務相カンクリンの名前が出てくる。カンクリンはフンボルトに手紙を書き、ロシア領内での白金資源の可能性について意見を求めた。その後、フンボルトの示唆によってウラル山中にいくつかの白金鉱床が見つかったという。
ちなみに才気煥発のフンボルトは化学者ゲイリュサックに「ソーダ(ナトリウム)」、テナールに「カリウム(ポタッシウム)のあだ名をつけた。この二人の名はそれぞれ該当する元素を含む鉱物、ゲイリュサック石、テナルド石に残っている。