633.黄銅鉱 Chalcopyrite (アゼルバイジャン産ほか) |
金属鉱石の代表格のひとつ。成分は銅と鉄と硫黄。黄鉄鉱と並んで観光地やら空港やらの石土産店に並ぶ一般的な「コーセキ」である。その名の通り黄銅(真鍮)色のキラキラしい金属的な外観が目を惹く。ただ人気の方は黄鉄鉱に一歩譲るようだ。
ずっと以前のことだが、お店を始めたばかりの標本商さんが、「黄鉄鉱はよく売れるけど黄銅鉱は…」と渋い顔をしていたのを思い出す。ふたつ並べると、どうしても色目が明るく結晶がシャープでよく輝く黄鉄鉱が選ばれてしまうのだという。思うにこれは光に反応する生物的本能というもので、標本の価値がとか、珍しさがとか言い出す以前の嗜好性である。
某老舗標本商さんの受け売りだが、実際には黄銅鉱の良結晶標本は「ありそうでないもの」のひとつであって、標本的価値は高い。木下の「鉱物資源辞典」は、黄鉄鉱を「硫化鉱物中でもっともよく結晶する鉱物」とする傍ら、黄銅鉱は「しばしば変化に富む結晶を示すが、多くは塊状、粒状または鉱染状をなして産する」としている。
我々は日本人だから、秋田産の三角式がとか「耳ツキ」がとか「オオユミノヤハズ」が…とか言いたくなるが、ご承知の通り、それはおいそれとは手に入らない。
とはいえ鉱物に別段のめり込んでいない方や初学者はどうしても綺麗なものに目がいくし、ある程度マニアックに集め出すと今度は珍しい石ならそれこそゴミとよりいいようのないシロモノを雀躍して伏し拝むのに、ありふれた黄銅鉱は、ララアにはいつでも逢いにゆけるから、とかモゴモゴ言いながら却って目をそらしたりしがちである。なので売り手も自然仕入れに身が入らないということになるのだろう、と分析してみたが如何。
そんな黄銅鉱だが、ルーマニア産の群晶やアゼルバイジャン産のとんがり帽子は、なかなかいいぞお、とお薦めしたい私である。
保育社の鉱石図鑑(木下)には、「銅鉱として最も普遍的に産する。」「その組成はCuFeS2で、往々硫化物として取り扱われるが、Cu2S・Fe2S3の形で硫塩鉱物中の亜硫鉄酸塩
m(R'2R'')S・nFe2S3
として取り扱うのが便宜である。あらゆる種類の鉱床に産し通常正方晶系榍(せつ)形半面晶族に結晶するが、X線研究によると高温黄銅鉱と低温黄銅鉱との両種のものがあるという。四面銅鉱、閃亜鉛鉱、キューバ鉱、磁硫鉄鉱と固溶体をなし、高温では均質であるが、低温では各成分鉱物を分離して葉片状の共生をなす。…」などとあり、鉱物蒐集の入り口にあるようでいて、奥の深い存在であることを匂わせる。(古い本なので、現代の鉱物学には別の見解があるかもしれない、とお断りしておく)
結晶構造は閃亜鉛鉱に酷似し、硝酸に溶けて硫黄を分離することに因り緑色溶液をなす。硫黄の一部をセレンが交代することがあり、また銅の一部を金や銀が交代する。
知らない人は金と間違いやすく、「愚者の金」(fool's gold)のひとつとして知られる。もっとも識別は容易で、「ハンマーで叩きつぶすと黄銅鉱は脆くてくだけるが、金は多少扁平につぶれるだけで粉にならない」(資源辞典)。いや、お金を出して買った石にそんなことする人はいません。
かつて黄鉄鉱と黄銅鉱はどちらもPyrite
と俗称されていたらしく、前者を Iron-pyrite(鉄・パイライト)、後者をCopper-pyrite(銅・パイライト)として区別した。この場合
pyrite
は語義的に(叩くと)火花の散る石、といったところか。
空気に長く触れると次第に表面に青みが生じることがあり、ときにピーコック・オア(斑銅鉱)に似た外観を示す。この反応を人工的に促進して金属的な孔雀色を付与したものは、一転、土産店の人気商品となっている(⇒No.66)。
補記:アゼルバイジャンのダシュケザンは、コーカサス南部のギャンザ(旧キーロハバード)市から南西40km の距離にあった巨大な露天掘り鉄鉱山だった。この産地の標本が西側市場に出回るようになったのは、1990年代半ばに閉山を迎えて少し経ってからのことだ。そして黄銅鉱の標本は2000年代に入って漸く人々の注目を集めるようになった。差し渡し 2-3cmから時に5 cmに達する良晶があり、結晶面はふつう二次生成の粉状物質(主成分はコベリン)に覆われている。
ルーマニアのカブニック(カプニクバーニャ)は数世紀間稼働を続けた歴史的な鉱山地域で、20世紀後半にルーマニア産標本のリバイバル・ブームが出来したとき、同国産としてベストの黄銅鉱標本を出した。1960年代以降の産品は以前のクラシック品を凌駕する品質を誇ったが、90年代はさらにいいものが出たといわれる。