634.四面銅鉱 Tetrahedrite (ルーマニア産ほか) |
四面銅鉱 テトラヘドライト Tetrahedrite はその名の通り、正4面体を基本とした結晶形を示す一群の銅鉱石グループである。A12B4X13 の理想組成式を持ち、Aの位置には必ず銅を含む。銀、鉄、水銀、亜鉛なども入る。Bにはアンチモン、砒素、テルル、ときにビスマスが入る。Xはふつう硫黄だが、硫黄分の若干量がセレンに交代するのは硫化物にままある慣い。これらの成分は任意の比率で交代可能な場合が多く、つまり固溶体をなす。純粋な端成分を持つものはむしろ珍しい。
代表格はBサイトにアンチモンが入った(Aサイトに銅のほか若干の鉄を含む)安四面銅鉱
Tetrahedrite と、砒素が入った 砒四面銅鉱 Tennantite で、いずれも重要な銅鉱石として各地に産する。
Tennantite は1819年にイギリスの化学者
スミソン・テナントに献名された名前、Tetrahedrite は1845年に四面体形状によって与えられた名前だが、この類の銅鉱石が命名のはるか以前から(ドイツなどで)知られていたことは疑いない。
ドイツでは古く Fahlerz
(ファール・エルツ)と呼ばれた。灰色の鉱石、または灰色の銅鉱石の意味で、四面銅鉱の示す典型的な色からきている。古い和名、「黝銅鉱(ゆうどうこう:あおぐろい=灰色の銅鉱)」もこれによる。安四面銅鉱と砒四面銅鉱を区別する場合は、
それぞれ Antimony-Fahlerz, Arsenic-Fahlerz と呼ばれた。
ほかの種としては、Aサイトに銀が優越した銀鉱石、 1853年に記載されたフライベルク鉱 銀四面銅鉱(銀安四面銅鉱) Freibergite が有名である。言うまでもなくザクセンの名にし負う鉱山町フライベルクに因んでいるが、ただフライベルクに産するものは銅>銀の含銀四面銅鉱で、銀の優越種は確認されていない。亜種名がそのまま独立種名として継承されたものという。これはBサイトがアンチモンの種だが、ずっと後になって、カザフスタン産の砒素優越種が確認され、銀砒四面銅鉱 Argentotennantite として記載された(1986年)。
オーストリア・チロル地方シュヴァルツや、ドイツ・バヴァリア地方の水銀鉱山ではAサイトに水銀を含むものが出て、Schwarzite
(シュヴァルツ鉱)と呼ばれた(亜種名)。チロルではクラインコーゲル産の巨大な黒色結晶も有名だったが、こちらは水銀を含まない。英名 mercurean tetrahedrite、
和名は水銀安四面銅鉱。日本ではマレに別子鉱山に出たらしい。
後にチェコのプレドボリス産の含水銀種で Xサイトにセレンが優越する標本が確認され、チェコの鉱物学者ヤロスラフ・ハクに因んでハク鉱
Hakite の名で記載された(1971年)。
Hakite
と同様、Xサイトがセレンで代表されるもので、Aサイトに亜鉛を含む種は
ジロー鉱 Giraudite と呼ばれる(1982年記載)。
Bサイトにビスマスを含むものは Annivite
の名がある(亜種)。Bサイトでテルル優越の砒四面銅鉱がネバダ州ゴールドフィールドで確認され、ゴールドフィールド鉱
Goldfieldite として記載された(1909年)。
こうして書き並べるだけでも結構大変な鉱石グループだが、思うに金属鉱物(硫化物)の成分は相対的な結晶構造の中で、かなり自在に変動するのが自然なのであろう。
現実的な問題として、結晶形から四面銅鉱グループであることは明白であっても、各元素の配分比率、詳細な鉱物種は見た目では判断出来ない。七面倒な分類は専門家に任せて、我々は単に四面銅鉱と呼んだ方が障りがないかもしれない。なお、四面銅鉱は双晶を示すことがふつうにある。
上の標本は蒐集を始めた最初の頃に手に入れた。ドイツのとある町を散策していて行き逢った標本店を覗き、なにしろ日本でも簡単に手に入るという認識がなかったものだから、是非買っておかなくては、などと震えながら手にとった。
ルーマニア産の標本のひとつの典型として、石英と菱マンガン鉱とが層状に重なった上に、水晶や各種の金属鉱物が載っている。画像中、角の尖った結晶が四面銅鉱である。変色して黒ずんでいるが、こうなると幼い黒色の黝銅鉱ではなく、老成した一人前の黒銅鉱だなあ、などと思う。(注:黒銅鉱の名は
酸化銅鉱物 Tenorite にすでに与えられている)
下の標本はその後、日本で手に入れたもの。結晶が大きくて新鮮でしかも安かった(笑)。ペルー産は優秀だと思う。