661.車骨鉱 Bournonite (ペルー産)

 

 

bournonite 車骨鉱

車骨鉱 -ペルー、アンカッシュ、パチャパキ産

 

「楽しい鉱物図鑑」の辰砂のページの次にこの車骨鉱(シャコツこう)が載っているので、私も倣って載せておこう(笑)。
組成式 PbCuSbS3。鉛と銅とアンチモンの硫化物である。1世紀ばかり前の鉱物書には 銅と鉛の Sulph-Antimonite と表現されている。成分的には安四面銅鉱の元素に鉛が加わったものに相当し、1価の銅イオン2ケが2価の鉛イオン1ケで置き換えられたものと考えられようか、とある。(原色鉱石図鑑は、四面銅鉱とは結晶構造が異なることを指摘しているが)

平板状の結晶が多数集合(繰り返し双晶)して、縁部にギザギザの目を刻む特徴がある。その様子を西洋では歯車に見立て、本鉱を "cog-wheel-ore", "wheel-ore" (歯車の鉱石、旋回輪の鉱石)と呼び慣わした。和名の車骨鉱は分かりにくい名前だが、つまりはこの和訳で、歯車鉱というほどの意味だろう。
楽しい図鑑に「車骨とは歯車のこと」と解説されているのでスルーしてもいいのだが、この語は手元の大辞林や岩波古語辞典、新潮国語辞典などをみても載っていないし、Yahoo百科辞典にもないので(ただし、「くるまぼね 骨の大なる」という句がみられる)、特殊な用語かもしれない。車骨といってパッと歯車を連想するのは、現代では鉱物愛好家くらいではなかろうか。誰が名づけたか知らないが(金石学や金石学必携に本鉱は載っていない)、ペダンティックな命名だと思う。

加藤昭先生は、車骨とは車輪のスポークのことで、車骨鉱はドイツ語の Rädelerz の直訳だと指摘されている。であれば、車骨という表現は、むしろ車輪の矢骨(車軸から外輪に向かって伸びる放射状の骨組/スポーク)を縮めた語と考えられ、歯車とはかなりニュアンスが違う。
ただ逆に mindat で 
Rädelerz を引くと、双晶の外観の類似から cog-wheel ore を意味した独名とあり、 cog-wheel は歯のついた輪=歯車を指すから、スポーク(speiche)のことではなさそうである。実際に本鉱の外観は放射状のスポークというより、やはり歯車様に見える。
どうやら翻訳の誤り、という気配がないでもないが、このヘンは今後の検討課題としておきたい。
国際英名の Bournonite は 1805年にフランスの鉱物学者ジャック.L.ド・ブルノンに寄せて命名されたもの。ブルノン鉱と呼んでもよさげ。

歯車式の本鉱は、ヨーロッパではかつてハンガリーのカプニックやトランシルバニアのナギャーグ産が知られていた。mindat にはカプニックの鉱夫が本鉱を Rädelerz と呼んだとコメントがある。フレデリック・ポー博士は名著 Rock & Minerals に、ドイツの鉱夫は "Radelerz(Wheel Ore)" と呼び、コーンウォールの鉱夫は同じ意味で "Cogwheel ore" と称した、とまとめている。ちなみにコーンウォール、エンデリオン産の本鉱はエンデリオン石 Endellionite と呼ばれた。
今はペルー産とか中国産の標本が安価でよいが、本格的な歯車式の大型結晶はどういうカラクリなのか異常に高騰する傾向がある。(金属鉱石の大型結晶はたいていそのようだ)

cf.イギリス自然史博物館の標本(コーンワル、ヘロッズフット鉱山産)

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