644.方安鉱 Senarmontite (アルジェリア産) |
三酸化アンチモンの八面体の種である(cf. No.643)。常温では三斜晶系で、双晶によって擬似等軸晶の形状を示すと考えられている。見かけはまったく金属的でなく、無色または白色〜灰色で透明感がある。(画像の標本も実は強い光を透す)。若干の樹脂状光沢を示す。硬度は2で柔らかく、結晶の稜は傷つきやすいので要注意。
本鉱はパリ鉱山学校に奉職したアンリ・ウロー・ド・セナルモン(1808-1862)に因んでいる。彼は当時の高名な鉱物学者で、いくつかの鉱山の技術主任を務めた。鉱山学校では指導教官であった。鉱物の合成や異質同像(同形)鉱物の光学的性質(偏光)に関する業績で知られ、地質学においてもフランス各地の地質図や研究を残している。
1850年代に同形物質の光学的性質に関する研究を行ったとき、彼はある種の鉱物、例えば雲母の軸方向の空間距離がかなり大きく変動しうることに気づいた。この現象/光学的性質の変動は、その物質が実際にはいくつかの鉱物の混合物であることによって生じているのではないかと考えた。彼は混合した光学的性質を示す同形塩類の合成を行い、複数の塩類が同時に結晶化するときには、まったく予測しなかった性質を示すことに気づいた。この性質が鉱物の鑑定に役立つことを知り、40種以上の雲母を使って発見したセオリーを示した。
彼は 1851年に酸化アンチモンの新たな形態を発見した。それは八面体の結晶で、通常の酸化物(バレンチン鉱)とは異なるもの(同質異像/多形)だった。すなわち方安鉱である。
アルジェリアのコンスタンティン県にはバレンチン鉱と方安鉱の豊かな鉱床が存在し、純度83%のアンチモニー鉱石として採掘されている。本鉱がこれほどまとまって採れる土地は世界広しといえどほかにない。この鉱山は方安鉱の原産地で、バレンチン鉱と方安鉱はいずれも輝安鉱から変成して生じ、共存している。
補記:この鉱山は 20世紀中頃の有名産地だったらしく、シンカンカスの甘茶鉱物学(1964)には、本鉱の唯一の見るべき産地と紹介されている(記載原産地でもある)。灰色の泥灰土(マール)中にヴァレンチン鉱、白鉛鉱、異極鉱、辰砂、方解石、重晶石等を伴って産する。純粋なものは白色で、輝安鉱の微粒を含んで灰色を帯びるという。
長く休山が続いているが、欧州の標本商が時折訪れて標本を採集して帰る。そうしたロットが
1990年代中頃よく市場に出回った。
ホリ通販リストによると、結晶が外れやすいのでコーティング処理されているそうだ。
ちなみに 2002年頃、中国、陝西省丹鳳(danfeng)の蔡洼(caiwa)鉱山に紅安鉱の超級結晶が出たことがある。伴って、方安鉱のシャープな美晶が出て、アルジェリアは唯一の標本産地でなくなった。