643.バレンチン鉱 Valentinite (スロバキア産)

 

 

ヴァレンチン石 -スロバキア、ペジノク、ニュー・アレクサンダー・アディット産

Valentinite バレンチン鉱

ヴァレンチン鉱 −ドイツ、ザクセン、フライブルク近郊ブラウンスドルフ産

 

「本邦鉱物図誌」のアンチモンの閉管試験の説明に、硫黄が存在するときは熱すると濃い白色の煙が出て、その一部が熱部付近に輪状になって沈殿する、これはSb(酸化アンチモン)であり、顕微鏡で見ると八面体と柱状の2つの結晶が観察できる、それぞれ Senarmontite(方安鉱) と Valentinite (バレンチン鉱)である、と記されている。(cf.諸元素の検出法
バレンチン鉱(バレンチン石)(和名:白安鉱)斜方晶系の結晶構造をとった三酸化アンチモンで、同じ成分で(疑似)等軸晶系のものが方安鉱と呼ばれるが、つまり輝安鉱のような硫化アンチモンを加熱昇華させると、両者を同時に得ることが出来るわけである。

バレンチン鉱は初めフランスのローヌアルプス、アレモン付近に発見された鉱物で、ほぼ同時期にボヘミアのプシーブラムでも見つかった。1845年に記載されたが、その名はかの錬金術師バシリウス・ヴァレンチヌス(バジル・ワレンティン)に因んでいる。
輝安鉱などの一次鉱物が風化して生じるのがふつうで、柱状または繊維状に結晶が成長し、しばしば放射状、星状に集合して産する特徴がある。無色〜白色で、ときに黄色や赤味を帯びる。
Flower of Antimony または Antimony Flower (アンチモン華)とも呼ばれるが、これはヴァレンチヌスの錬金術書に製法が指示された白色物質の呼び名でもある。アンチモンの酸化処理によって得られる彼の変成物は文字通りフラワー(昇華物)であるが、実際にフラワー(花)のような、雪片のような形態を示して晶出する。

ヴァレンチヌスは調合をいくつか示唆しており、そのひとつでは「同時に3つのアラビキに、白、黄、赤の昇華物が得られる」、また「もっとも純粋なものは赤い昇華物を硫酸に溶かして三度昇華させたものを酒精に溶かして濾過し、乾燥させて得る」などとしている。
白いアンチモン・フラワーは「効果の穏やかな下剤として作用し、三日熱や四日熱を治し、ほとんどの重病に効く。そんなわけだから、私は、救い主イエスとその母にして神聖このうえなきマリア様の加護によって私が大地の奥深くから引き出したこれらの治療薬をすべて、世の苦しむ人々に遺すことを遺言として認めておいたのである」
「昇華されたアンチモン、アンチモンの華は、高い山に湧く清水のようなものだ。水は大地の深いところを掘ることによっても得られるし、高い山の頂からもの凄い勢いで流れ落ちる奔流から得ることも出来る。この至高の事実をどのように説明すればいいのか? 地中にある水の源はある場所ではほかの場所よりももっと豊富に蓄えられているのだと信じている。それである地域では掘り出さなくてはならないが、別の土地では、疑いもなく星の影響を受けて、アルプスの雪の頂きから、またバビロンの塔の頂から大いなる力を伴って抽き出されてくるのだ。」
「山の峰々で昇華(純化)されて生じた水はより純粋で、大地の水瓶から見つかる水よりも健康によい。しかし水が湧きあがってくるときには、大地はやはり賢者であって、(その水から)塩類を抽出することが出来る。それは悪しきものから善きものを分け、不純なものから純粋なものを分け、粗雑なものから繊細なものを分け、毒から薬を分ける手段となる。まさにこのようにして、我ら大地の子らは大地に横たわり、そこで腐敗して朽ちてゆきながら、ついには天国の炎と熱とによって昇華され、我らがすべての罪と不純は清められて、神の子となり永遠の命を受け継ぐのである。」
と書いている。
彼がいかに白い(清い・純潔な)アンチモン華を貴重視していたかが分かる。この物質は下剤として悪しきものを体外に逐い、純化を促進する薬なのだ。
錬金術は一方で卑しい物質の中から高貴な純粋物質を抽出する技法であり、そのための反応促進剤を作り出す技術である。昇華はひとつの重要な技法であり、劣った物質を篩い落とす手段として位置づけられる。一方で錬金術はまた人体を浄化する技法でもあった。得られた昇華物は、錬金促進薬として自然界の物質に作用するのと同様に人体に作用して、肉体から悪しきものを去らせて魂を清め、健やかさと永遠の命をもたらすと考えられた。そうしたアナロジーまたはアレゴリー、そして加熱による昇華(純化)技法への信頼は、ここに引用した彼の言葉にもすでに端的に表明されている。(引用文の文脈がいまいち通ってないのは半分は私の訳の拙さだが、半分は原テクストの曖昧な論拠によるものだとお断りしておきたい)

ヴァレンチヌスが記したアンチモン・フラワーには成分としておそらくバレンチン鉱だけでなく方安鉱も含まれていたのであろうが、華のような産状を示すという点で、彼の名はやはりバレンチン鉱にこそふさわしい。命名の妙だと思う。(もっとも方安鉱が記載されたのは1851年なので、この頃はまだ識別されていなかったかもしれない)。

余談だが、18世紀頃に流通したボヘミア産の素晴らしい結晶標本は、当時のコレクターの垂涎の的で、値段も相当であったらしい。フランスの医師で中欧の鉱物を研究した地質学者ベルサザール・ハケット(1739-1815)は、プシーブラム産のバレンチン鉱の単晶を購うのにデュカート金貨2枚を支払わねばならなかったそうな(当時の金は今よりずっと値打ちがあった)。
あるいはこの結晶には錬金術的効用があったものか?

補記:アンチモンの白い酸化物は古くから薬学的に重要と考えられ、ディオコリデス(1世紀)は輝安鉱を焙焼してこの物質(バレンチン鉱)を得る方法を示しているという。その際、酸化物が部分的に還元されて金属質が生じるが、鉛と考えられて捨てられた。(⇒No.647 付記5参照)

補記2:バシリウス・バレンチヌスに因んだ鉱物には、Basiliite バシリウス石もある。鋼青色で葉片状結晶をなすマンガン含水アンチモン塩で、L.J.Igelstoroemが 1892年に記載した。しかし 1972年に IMA はこれを種名から外した。ファイトクネヒト鉱とハウスマン鉱の混合物であったらしい。

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