670.ユージジム石 Eudidymite (マラウィー産)

 

 

Eudidymite ユージジム石

ユージジム石(白色)とエジリン(右側の暗褐色) -マラウィー、Malosa Mt., Zomba産

 

ユージジム石はナトリウムとベリリウムの珪酸塩鉱物(組成式 Na2Be2Si6O15·H2O/または NaBeSi3O7OH) で、閃長岩ペグマタイトに産する希産鉱物の一である。名前はギリシャ語の「eu-didymos」、見事に双晶する、に因む。原産地はノルウェーのローヴン島で記載は1887年と古い。市場にグリーンランド産、ロシア産、カナダ産の標本もないではないが(いずれもアルカリ岩中)、数センチ大の結晶が比較的潤沢に出ているのはマラウィならではと思う。 MR25-1によれば、ゾンバ産の鉱物標本群(エジリン、アルベゾン閃石、煙水晶、斜長石等々)が最初にツーソンショーに出現したのは 1991年だったというが、以来その供給は途切れることがないように見受けられる。ユージジム石の結晶は「たいてい3〜12mmサイズだったが、直近の採集物は5cmに及ぶ!」とコメントされている。鋭角三角形を示す葉状結晶が束になった標本が有名。

インターネットが完全に日常生活を支配するようになった今日では、初めて鉱物標本を買ったのがウェブ店やネットオークションだったという方もおられよう。しかしこの種のユニバーサルな媒体がなかった以前は、大都市で開かれる鉱物ショーや、本屋やデパートの企画展に出張るか、大都市の郊外にある標本店を直接訪ねるか、あるいは手紙に欲しいものを書いて適当に見繕って送ってもらうか、というのが標本を購入する常套手段だった。
その標本店というのは、教材用の組標本、理器材、水石/装飾用の磨き石など(後にはパワーストーン)を昔から法人・小売店向けに扱ってきた2,3の老舗は別格として、おおよそは自宅の一隅を展示室に流用した個人経営のお店であった。
趣味が嵩じて…といった気配の初代店主が、奥のこたつに座って書き物をしていたり、標本ラベルを手書きしていたり、水で溶いた木工ボンドを脆い標本に塗りつけていたり、ソファに寝転がってテレビなど眺めていたりするお店の成り立ちには異空間的な親密な雰囲気があって、電脳空間を通じた取引とはまた違った非現実感を呼び覚ます場の力を発散していた。私はもちろんそんな異世界の香りに浸れるお店が好きだった。

いま自分が世間のあわただしい喧噪からしばし離れて、時のほとりに置きざられたマイナーな世界に望んで迷い込んでいるという、逆説的な満足感を味わうことができた。逆説的な、というのは、ささやかなる理系男子は世間の人があまり興味を抱かない事柄にしばしば敏感に反応しがちなものであり、少数の激しい情熱を持った人たちだけで構成される小さなサークルを本能的に希求する傾向があるものだからである。世界との交渉を望んではいるが、その交渉は極めて限定された範囲に絞りたいのである。
それは自分の(限られた才能を発揮する)ための小徑であり、知る人の少ない鉱脈であり、深層に埋もれた古い感情へと導く個人的な井戸/洞窟である。お店は「心地よく秘密めいたところ」であり、壺中の天であり、ときには古代神殿や廃墟になぞらえうる場であった。

訪問には予めアポイントをとっておくのがマナーだった。店主は折々標本採集や買い付けに出かけて店を閉めていたからだ。
そこでお店への訪問はプライベートな色彩を帯び、秘められた知識の個人的な伝授を予感させるものとなった。事実、多くの訪問者はすすんで店主に「先生」(師匠)と呼びかけた。
その(空想的な)世界では、店主は森に住む賢者、魔法使い、駆け出しの鉱物愛好家を異世界の奥へとガイドする博士にして導師に擬することも、多少の過剰表現は承知の上だが、ありえないわけではない存在として現れた。
そしてお店にある石、鉱物標本は、マテリアルとしてはタダの無機物であるかもしれないが、メタファーとしては世界への扉であった。ひとつひとつの標本はまだ知らない世界への架け橋、自分の目にはまだ隠されている知識への道に繋がるカギなのだった。
例えばある標本は、行ったこともない暗黒のアフリカ大陸の、巨大な湖水のほとりの国に、生い茂る密林を抜きんでた岩山を吹く風が巻き上げた空気の匂い、つまりその産地の幻想を私に向けて送り出してみせるのであった。(鉱物標本はしばしば土埃の匂いがするものだ)

cf. No.836 ヴェーラー石 (ローヴン島)

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