40.トルコ石  Turquoise  (USA産)

 

 

私を眠りから覚ましたのは、あなたですか?

トルコ石 −USA,アリゾナ州ジラ郡、眠れる美女鉱山産

 

トルコ石の名前は、その昔この石がトルコからやってきたことを表している。身につけていると幸運に恵まれると言われており、東洋と西洋が出会う土地、イスタンブールのトルコ商人は、東方からきた神秘の青い石を、幸せを願うヨーロッパの男女に、恭しくも高い値段で売りつけたのだろう。産地については一言も触れずに。

トルコ石の原産地はペルシャ(イラン)にあったといわれている。中近東の地図を開くと、北緯35度あたりに、アフガニスタンの首都カブール、西のヘラート、イラン北東部の聖地マシュハド(メシェド)、首都テヘランを結ぶ東西に伸びる道が見つかるだろう。現在も東西交通の主要路であるこの道は、かつてのシルクロードでもあった(今のアジアハイウェイ)。マシュハドの南にニシャプールという町があり、古くからトルコ石の産地として知られていた。この一帯にはアリ・ミルザ・クー山地の南斜面に形成された角れき化した粗面岩の堆積物があって、トルコ石はその中に細い脈やポケットを作っているという。ニシャプールでの採掘は800年以上も続き、ここで採れた石がシルクロードを通ってトルコヘ、そしてヨーロッパへ、あるいはインドやチベットへと、らくだの背中やバスの荷台に乗って運ばれたものらしい。

トルコ石の色は、純粋な空色から淡い緑色、あるいは緑褐色まで、成分の微妙な違いによっていろいろあるが、もっとも美しい色は、ロビン・エッグ・カラー、つまり「こまどりの卵の殻の色をした緑がかった青色」とされている。ニシャプールのトルコ石は多分、やや緑色を帯びたものだったのだろう。写真の標本は、西方浄土アメリカのアリゾナ州で採れたもので、緑色を含まない鮮やかな空色である。

宮沢賢治のうたに、「あかり窓仰げば空はTourquoisの板もて張られその継目光れり」、あるいは「そらはみがいた土耳古玉...」がある。彼が幻視したトルコ石は、どんなタイプの色だったのだろうか。

一方、さまよえる湖ロプ・ノールの発見で有名な探検家スヴェン・ヘディンは、ヒマラヤ山中の聖なる湖マンサローヴァを目にしたとき、その色を「トルコ玉の青色をした美しい湖面」と表現した。また、北方の湖ヤムドック・ツォを、チベットの人々はトルコ玉の湖と呼んでいたという。ヒマラヤでは、空の色よりも湖の色のほうがトルコ石に近いのだろうか。そう思っていたら、最近「神々の指紋」の中で、ハンコックが、ペルーとボリビアとの国境にあるチチカカ湖を「湖面はトルコ石の色」と書いているのを見つけた。この種の表現は、西欧圏では定型句なのかもしれない。 (1999.3)

cf. ひま話 トルコ石の伝承 落馬除け


追記:アリゾナ州のスリーピング・ビューティー(眠る美人)は、遠目に見ると、手を組んで横たわった貴婦人の姿のようだと言われる丘陵であり、その内懐に銅を掘る鉱山の名前でもある。本業の銅鉱採掘の傍らトルコ石を掘り出し、約40年にわたって市場に提供してきた。アメリカでは 20世紀中頃からトルコ石の人気が爆発的に高まったが、石の表面に描かれる個性的な模様(スパイダーウェブなど)や、産地によって異なる夾雑物などの特徴がマニアに珍重される一方、一般的なアクセサリー用の素材としてはむしろ均質なクセのない石が求められる。スリーピング・ビューティーは同州キングマン鉱山と共に、そうした万人向けのトルコ石産地として、大きな商業需要に応える存在であった。
しかし近年の銅相場上昇を受けて、鉱山は2012年の夏以降トルコ石の出荷を止めている。リソースを本業に集中した方が儲かるという理由らしい。ラピダリー業界ではこれに代わる供給源が盛んに物色され、上質原石の調達価格は高騰傾向にあるという。スリーピング・ビューティーの名を冠した空色トルコ石が再び市場に現れるかどうかは今後の経済情勢次第であろうが、そのロマンチックな響きはアメリカ産トルコ石のイコニックな美称としてブランドイメージに貢献してきただけに、市場撤退を惜しむ声は尽きない。ちなみにキングマンはまだ健在。(2016.12)

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