71.輝安鉱   Stibnite   (ルーマニア産)

 

 

硬度2。軟らかく、爪でキズがつくので注意!

輝安鉱 −ルーマニア、マラムレシュ県バイア・マレ、バイユート産

 

四国 市ノ川で採れた輝安鉱の長剣状の巨大な結晶は、日本の鉱物コレクターの精神的支柱のひとつといえる。兵庫県の「シルバー生野」(鉱山跡を見学施設にしたもの)や、東京上野の国立博物館には大変立派な結晶標本が保管されていて、見る人に感動を与えずにおかない。ついつい「我が国が誇る...」などと大仰な物言いをしてみたくなる。

鉱山自体は、随分昔に閉山されて、坑道はコンクリートと鉄の扉で封印されてしまったというが、闇に沈んだ坑道の奥には、いまも巨大な結晶が眠っているとされ、コレクターは密かに扉を破って侵入し、途方もないお宝を我が物としたいという昏い夢を、秘密めかして囁きあうのだ。

徳川埋蔵金にしろ、フリント船長の宝にしろ、トム・ソーヤの洞窟探検にしろ、地中に眠る金銀財宝宝物への憧憬は、人類が大地を掘って「マテリア」を得た昔から数え、すでに私たちの血の一部となっている。八墓村の鍾乳洞、江戸川乱歩のパノラマ島や大暗室、シャングリラに総門谷、地底世界のユートピアは我らが見果てぬ夢である。男のロマンが掻き立てられずにおらりょうか。(古い坑道は危険なので、本気にしないように。筆者の周りに、捨てられた坑道に潜って、崩落に遭い、生き埋め寸前となった例があった)

さて。現役の輝安鉱の標本産地としては、ルーマニアや中国がある。中国のものは日本のそれに近い剣状の結晶が多いが、ルーマニアのは写真のように、札状・花弁状の結晶が多い。所変われば品変わる。だからこそ、コレクターは産地にこだわりたくなるというものだ。

余談ながら、採れたての輝安鉱は銀色にぴかぴか輝いているが、古くなるとくすんでくる。無水アルコールで拭くと輝きを取り戻すという、。試してみたら、確かに効いた。(ような気がする。) 博物館の標本の中に、ほとんど真っ黒くなってしまったものを折々見うける。一度業者に頼んでクリーニングしてみたらどうだろう。この方法は「石の神秘力」というムックに載っていた。

 

補記:「タングステンおじさん −化学と過ごした私の少年時代」の中で、著者のオリヴァー・サックスは、ロンドンの地質博物館の最上階に展示されていた、人の背丈ほどもある輝安鉱の結晶群の印象を述べている。それは「日本の四国という島の市の川鉱山で採れた」と説明されてあり、サックスは大人になったらこの島へ輝安鉱を見にいこうと思った。以後、彼にとって日本は「輝安鉱の国」になった。

cf. ヘオミネロ5

補記2:本草綱目啓蒙/巻之四/金石之一/金類の「錫恡脂(しゃくじんじ)」(通雅に錫藺脂)は本鉱かといわれている。「波斯国の銀のアラガネ。舶来なし。今玩石家に錫恡脂というものあり、雲根志にも図を載す。これは別モノにして名を仮なり。錫の状石英の如くなりて多く乱れ生ずるものなり。予州(伊予の国)方言マテガラ。」とある。
雲根志/後編巻之一/光彩類にある図は正しく輝安鉱の形をしている。おそらく石亭「珍蔵二十一種」中のもので、市ノ川産とみられている。蘭山は「別モノ」とみているが、錫に似た色の金属で、触ると脂感のある鉱物(アンチモニー、モリブデン、石墨の類)、石英(水晶)のような形状に乱立するものというと、やはり本鉱が連想される。波斯国(ペルシャ)では古来コールという眉墨に本鉱を用いたし(cf. No.647)、今日では中国産の輝安鉱が銘柄品となっている。

追記:ルーマニアのマラムレシュ県に点在する古い鉱山から出る輝安鉱の美晶標本は一次大戦前の定番品だった。しばらく市場から消えていたが(といってもコレクションからの還流は常にあった)、1968年頃からルーマニア産鉱物の「ルネッサンス」が始まって、70年代には新産品が西側市場にあふれるようになった。バイア・スプリエ(フェルゼバーニャ)、バイユート(エルツゼベトバーニャ)、ヘルジャ(ヘリア、ヘルツザバーニャ)が3大産地として並び、90年代にかけて(21世紀に入っても)かなり容易に標本を入手することが出来た。
バイア・スプリエ産は柱面が長く発達した長剣状(針状〜槍状)のものが有名で、しばしば15cm長に達し、放射状に散開している。石英、重晶石、ときに鶏冠石を伴う。クラッシック産地だが現代の品も古典標本に劣らない。
バイユート産は短いずんぐりした板状の結晶が多く、数センチサイズの平たい柱面に条線が発達し、端面が整っている。バイユートは小さな鉱山町だが、夥しい数の標本を出して20世紀後半の定番産地となった。出始めたのは 78年頃からで、数年置きに新品が市場投入された。
ヘルジャ産には長剣状のものもあるが、バイユート産に似て柱面が短く、タガネ状の端面を持ち、放射球状に集合したものが多い。「ハリネズミ(山アラシ)」風と描写される。楽しい図鑑(1)に標本が載っている。90年代半ばに歩いて入れる巨大な晶洞が開かれて、光輝まぶしい10cm長の放射状結晶が採集され、市場を賑わした。ヘルジャ鉱山は2006年暮に閉山したという。
ほかにカブニック(カプニクバーニャ)、バイタ(ナギャバーニャ)、スイオール(スヨールバーニャ)、トゥルチュなど(いずれもマラムレシュ県)の鉱山からも標本が出回った。(2019.6.29)

追記2:マラムレシュ県はルーマニア最北部の山岳地方で、牧羊など伝統的な生活様式が残っていることで知られる。

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