ひま話  ヘオミネロ地質鉱物博物館(マドリード)5   (2022.8.15)


世界各地の標本もいろいろと展示されている。

石英の仲間。 メノウ、プラズマ、クリソプレーズ、ヘリオトロープ(ブラッドストーン)、ジャスパー等々。
こうした石の呼称を定義することは、鉱物学でなく宝石学の分野のお仕事になるのだと思うが、なかなか難しいことであろう。おそらく正解は一通りでない。もしかしたら時代によって異なることが予想されるし、定義不能のものもあるはずだ。ウィトゲンシュタインの集合論的な考え方でもって言い訳をしないとおっつかない困った問題がぼこぼこ出てくるだろう。

久米武夫著「新宝石辞典」(1985)の 「Quartz 石英、珪石」の項を開くと、主な種類として14種が示されている。また、「石英に属するものに次の種類並に別名がある」と 203通りの名称を挙げる。次いで石英の種類を次のような表で分類する。

石英類 透明石{ 水晶(無色)
紫水晶(菫色)
石英トパーズ(黄色乃至褐色)
桃色石英(ピンク乃至曇り色)
半透明石{ 玉髄 { 縞瑪瑙 { 青色
緑色(着色)
黒色
紅玉髄(赤色)
サード(帯褐色)
クリソプレーズ(緑色)
瑪瑙(縞状)
不透明石{  碧玉(赤、褐、黄、緑等)
プレーズ(緑色不純物を含有する玉髄)
プラズマ(白色部分点を含む暗緑色)
血石(赤点を含む暗緑色)
その他

それらしく見えるが、いろいろ不備があるのは明らかで、一筋縄でいかないことが窺われる。
(例えば、「煙水晶や黒水晶やアメトリンはどこに入るのか」、「玉髄と瑪瑙(縞状)とに二分しているのに、なぜ玉髄の下に縞瑪瑙があるのか」等々。)

ここで不透明石の仲間のプレーズ(prase 緑石英)というのは、単項の解説に「緑色ないし葱緑色、亜透明、塊状で、陽起石(※緑閃石のこと)を含んでいるのでこの色がある。…一名エメラルドの母(Mother of emerald)」とあって、表にいう不透明石からビミョウに外れている。そして緑色不純物が陽起石でなければ、別の名で呼ぶべきなのかという疑問を余儀なくされる(つまりプレーズ以外の緑色不透明石が碧玉なのだろうか?)。
関係ないが、エメラルドは中国語で祖母緑。緑色の祖母である。

プレーズの名はラテン語のポルム porrum(西洋ネギ/ニラ)から韮色 プラソン prason、ギリシャ語のプラシオス prasiosに由来する。つまりニラのような緑色の石である。
近山大事典はプレーズを「淡黄色もしくは帯灰黄緑色の半透明玉髄をいう。この緑色はアクチノライトの針状結晶のインクルージョンの内包による。」と書く。不透明石ではないというわけだ。
表中の半透明石の仲間クリソプレーズ(chrysoprase) は、和名に緑玉髄と言い、クリソ(金色)なプレーズ(韮緑色)の石で、含有ニッケルによる呈色とされているから、仮にプレーズと同じ色をしていてもプレーズとは別モノである(※飯田博士はこの語源に疑義を呈されているが)。またプリニウスの時代のクリソプレーズはかんらん石(クリソライト)だと考えられている。

伝説に拠ると、アレクサンダー大王はプレーズのついたガードルを帯びて戦いに出た。インド遠征からの帰り、彼はユーフラテス川の水に浸りたい気分になって、ガードルを外して傍らにおいた。と、ヘビが寄ってきて石を噛み外し、石は川に落ちて行方が分からなくなった。大王はバビロンに無事帰還したが、翌年発熱して没した。往時、プレーズは勝利の方程石と信じられていて、石の紛失は大王がその神通力を失ったことを暗示する。

中世期、ビンゲンのヒルデガルト(1098-1179)は霊的効能を発する16の宝石について書いた。
ヒアシンス、オニキス、ベリル、サードオニキス、サファイヤ、カーネリアン、トパーズ、クリソライト、ジャスパー、プレーズ、カルセドニー、クリソプレーズ、ルビー、アメシスト、アゲート、ダイヤモンド。
今日の我々から見ると、そのうち少なくとも9つは石英の類(の名)であるが、当時その名で呼ばれていた魔法石が素材的に(鉱物学的に)何であったかはよく分からない。
鉱物標本市場では Qa05 のような標本がプレーズとして売られているが、宝石学者の E.ギュベリン博士は「プレーズは今日の宝石取引きからほぼ完全に消え去ってしまっている」と書いた。
一方、クリソプレーズは現在も貴石として扱われている。20世紀にオーストラリアで大きな産地が見つかって大量に採集されてきたためで、翡翠色が美しいのでそれなりに賞美されているのだ。画像のキャビネット下段の中央奥に見えているのはクラシックな産地であるポーランド産。もっともこれが近世以前の魔法石クリソプレーズであるかは、話が別と言わねばならない。

キャビネット下段左端の暗緑色の不透明塊は「プラズマ plasma」と標識されたキューバ産の標本。
プラズマは「濃緑玉髄、緑石英。 玉髄の一種で濃草緑色を有する塊状亜透明の石英。時にはセラドン石または鉄緑泥石を含有して白色または黄色の地を有するものもある。ヒスイの擬い物として用いらる。主産地はインド、エジプト、中国で本邦では陸奥に産する」(久米)、「緑色の半透明、時にほぼ不透明に近い潜晶質石英で、クリソプレーズより濃緑色であり、この色はクロライト(緑泥石)の内包によるもので濃緑玉髄の和名がある。白色あるいは帯黄白色の部分の点在するものもある。」(近山)という。
手元の標本では No.477が近いか。

スペンサーは「鉱物の世界」(1911)で、カルセドニーを色で分けて「明るい橙赤色のものが有名なカーネリアン(紅玉髄)で、茶色になるとサードである。淡いリンゴ緑色のものはクリソプレーズとして知られ、暗いニラ緑色のものがプラズマである。暗緑色のもののうち、さながら血の雫のような明るい赤い斑点を持つ趣き深い変種は、ブラッドストーンあるいはヘリオトロープとして知られる。」と書いている。
「では、血の雫のないヘリオトロープがプラズマなのか?」と疑問を持つが、飯田博士は Yes と言う。「(ブラッドストーンの)緑の地は『緑泥石』等を含有している不透明な石英で、赤い点がなければただのグリーンのジャスパー。宝石名では『プラズマ』と呼ばれる。」と。(この分類の仕方ではジャスパーはプラズマやヘリオトロープの上のクラス名扱い。)
プラズマの語源を私は知らないが、この石もまたニラ緑色なのなら、案外プレーズと近いところにあるのかもしれない。L と Rの区別がつかない人たちがつけたんだな、きっと。

ヘリオトロープはプリニウスの博物誌にヘリオトロピウムの名で出てくる宝石で、「ニラ緑色で、血色の脈筋が走っている。この石を水を満たした器に入れて、直射日光を当てると、その反射光が血の色に変わることでその名がある。エチオピア産の石に顕著な性質だ」と書いている。ヘリオ(太陽の光を)、トロープ(返す/(あるいは赤色に)転換する)、という語源を持ち、さながら鏡のようなごく反射率の高い物質だったのだろう。赤色の雲母片岩の脈を噛んだ緑色石英か。
プリニウスは世迷言だと非難しつつ、この石をヘリオトロピウムという(同じ名の)植物と一緒に使ってある呪文を唱えると所持者の姿が見えなくなる魔術に言及している。後世のヨーロッパ人はこれを面白いと思ったのか、ダンテの地獄篇やデカメロンに姿消しの効能が触れられている。呪文はすでに失われたらしく、今日この石で姿を消した例はないようだ。

後のヨーロッパのキリスト教徒は、ゴルゴダの丘でイエスが磔けにあったとき、十字架の下にあった緑色の碧玉に御子の血が浸み込んで真っ赤な斑点が生じたと信じた。それがブラッドストーンだと。であれば、エチオピア産のヘリオトロープとは関係のないお話である。
血赤色は生命力の徴であり、緑色は若さと健康の徴であるから、両者の混じったブラッドストーンは所持者の健康を保ち、出血を抑えると考えられた。中世では農夫や牧夫が護符として身に佩びた。邪まなものを退けるというのだ。オオカミの歯と一緒に月桂樹の葉に包んで持っていると中傷を避けられると伝えた。
今日、ヘリオトロープ/ブラッドストーンの名で扱われる貴石は、ヘマタイトを含んで赤色になった斑点の散る暗緑色地の石英である。
画像中キャビネット下段の手前左から2番目がヘリオトロープと標識されたウルグアイ産の標本。

どうしてどの緑色石英もニラの色に喩えられるのだろうか。彼等はそんなにニラ leek に関心があったのか。
余談だが、"eat the leek" という成句は「屈辱を忍ぶ」意で、あまり美味しそうに思えないが、イメージ・シンボル事典を繙くと、leek ニラネギは「催淫作用があり、声を生き生きとさせることから、活力を表す。」「チョーサーでは年配者の若々しさを意味する」(ニラネギを食べる元気のあるものは誰でも結婚すべきだ。)
「ニラネギの汁は皮膚の傷、伝染病、毒虫の刺咬、胸の病いなどに用いられる。」「ニラネギの汁を多量に飲むと苦しまずに死ねる」などとあって、西洋ではなかなか人気があったようだ。
日本ではバカボンのパパがニラレバ炒めを好物にしていたと記憶している。彼はママ一筋だ。

ジャスパーに触れると話が長くなりすぎるので、また別の機会に。
鉱物学は均一な成分・構造を持つ物質(鉱物)を扱う学問で、その種の物質の非肉眼的・顕微鏡的な分類には微に入り細を穿つ執拗さを見せるが、混合物には至って無関心なところがあり、この種のさまざまな外観の石をそっくり「石英」の一言で済ませてしまう。関心領域が一般の鉱物愛好家と大分ずれているらしい。

コロンビア産の水晶(ロック・クリスタル)。緑れん石の叢の上に育った透明水晶で、V字ツインに見応えがある。双晶ではないのかな。ちなみに緑れん石の深い緑色は、鳥のヒワの羽色に喩えられることが多い。

マクラ・デル・ハポン (マクル・オブ・ジャパン) 日本式双晶 ペルー産。
90年代末から21世紀にかけて「ペルーの花」鉱山に出た逸品の一つ。いわゆる蝶形双晶(バタフライ・ツイン)の形。ペルー産だからペルー式双晶か。 cf. No.938
言うまでもないが、ペルーはかつてスペイン人が征服した土地である。

ブラジル、ディアマンティナ産の透明水晶。アスパラガスのようにすくすく伸びた長い柱が見事。
これもVサインに見える。cf. No.949

スイス、ザンクト・ゴッタルド産のねじれ水晶(グウィンデル)。
平行連晶の特殊な例。 cf. No.951

スペイン、ラ・リオハ産の水晶。
こちらもよく見ると平行連晶っぽい感じの分裂が見える。

スペイン、アビラ産の白水晶。なんとなくいい感じ。
それぞれの結晶はランダムな方向を向いているように見えるが、どうして連晶でないと言えるのだろうか。

 

ドミニカ産の琥珀。こんな風に地層(堆積層?)に挟まってるんだ。
ドミニカの大イスパニョーラ島は、(コロンブスら)スペイン勢力が大航海の末、初めて達した西の果ての島で、新大陸征服の端緒となった土地である。彼らは島の住民から苛酷に金(gold)を収奪した。が、黄金色の琥珀にはあまり関心を持たなかったようだ。cf. No.47

スペイン、テルエル産の琥珀。
こちらはスペイン産だが、透明度が低くて質はあまりよくなさそう。

Galb Sisa産のゲーサイト(針鉄鉱) サハラ砂漠にも水酸基を持つ鉄がある。
スペインは西サハラに領土を持ったが、Galb Sisa はその土地のある低い丘についた名らしい。

アルゼンチン、コルドバ、プニーリャ地方カバランゴ(Cabalango)産の蛍石 
この産地のマテリアルは黄色を主体に縞目が美しくて、ひところよく出回ったが、今はあまり見なくなってしまった。
cf. No.27

南米アルゼンチンはかつてのスペイン帝国の一部で、コルドバは18世紀まで産業の中心地のひとつとして繁栄した。

菱マンガン鉱(インカローズ)  アルゼンチンのカピリタス鉱山の銘柄品。
やっぱり大きいと立派に見える。cf. No.53

シウダー・レアル県 "Petuerta del Bullaque" 付近の農地から 1980年に発見された隕鉄。重量 100kg。
15年以上、農家の物置でハムの重石に使われていた。
テレビで隕石に関する番組を見ていた発見者(所有者)が、もしかしてこれも隕石?と思い当ったのは 2011年のこと。彼は研究団体に連絡をとり、検証に IGMEが一役買った。
奥の錆色の塊はオリジナルの形状を再現したレプリカ。手前は本体から採った試験片らしい。
"Siderito" と標識されていたので、菱鉄鉱?なわけないよな? と思ったが、なわけなかった。よかった。
ニッケル分 7.5%。 (cf. 隕石の話1 ギリシャ語の鉄(シデロス: sideros)とラテン語の星(シデラ/ステラ: sidera/stella)の類似)

メキシコ産の隕鉄。 ウィドマン・シュテッテン模様のつみ具合(縞の幅)からすると、トルカ隕石の類と思われるが、ラベルには産地再調査中とある。
メキシコはもちろん旧スペイン領である。

その他

美しい青色のラピスラズリ。 タジキスタン産ということは、パミール高原から来たものだろう。
cf. No.371

出た。ウラル、グミョーシキ産の孔雀石。
cf. No.800 

スコレス沸石 インド産。 分離結晶の標本が多い印象を持っていて、母岩についていたので撮っておいた。なんか、とりとめがない。 cf. No.876

輝安鉱 やはり市ノ川産があった。
これを見ると刀身状の結晶は、屹立するというより、並んで寝て成長したことが分かる。
cf. No.71

シルバニア鉱 フィジー島の金山に出るもの。 ルーマニア産とはどことなく雰囲気が違う。
cf. No.731

米国ユタ州リトル・グリーン・モンスター鉱山産のバリッシャー石。
切断面を研磨した模様が美しい銘品。この銘石については、山田英春著「石の世界」の「小さな緑の怪物」の章に詳しい(鉱山名の由来も)。鉱山を開発した二人組は、一般愛好家への販売は眼中になく、少量の商品を値崩れさせずに売りさばくことに心を砕いたらしい。博物館はお得意様というわけ。 cf. No.136

 

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