686.白雪石 Chiolite (グリーンランド産) |
南極の海に浮かぶ氷山をカキ氷にして食べると、どんな味がするか。
答は、なにも味がしない。
というのは、南極の氷山は大陸の氷河が海にせり出して分離し、漂い出したもので、成分は真水だから。
一方、北極の氷山ではどうか。答は、塩味がする。
こちらは海水が凍って出来たものだから(内陸の氷河がせり出したものもありそうな気がするが…)(補記2)。
もう少し正確にいうと、塩と水とは固溶体を作らないので、海水が凍るときには塩分が排除されて水分だけで氷になる。分離された塩は周辺の海水中に留まって高濃度の塩水をつくる。だから氷の成分自体は南極と同じく真水なのだが、実際には濃縮された塩水が氷の中に封じられるため塩味が加わるのである。
ちなみに -21.4℃以下では氷と塩が同時に析出する。そうした厳寒の環境では、たとえば陸地に打ちかかった波しぶきが瞬時に凍ったりすると、海水と同じ辛さの氷が出来そうに思われる。
「オオカミに冬なし」(リュートゲン著)という児童文学がある。北極圏の沿海地域で操業していた捕鯨船団が異常に早い冬の訪れによって氷塊に閉じ込められたのを救援に向かう人々を描いた、史実に基づく作品だが、その中に、極地に暮らす人々は氷の中に埋もれた塩の脈を探し出して貴重な塩を得るというエピソードが記されている。夏場になると真水の氷より先に塩水が溶け出して蒸発し、塩の結晶を生じる、その結晶が氷の隙間に詰まって脈をなしたものだという。
この話を読んだとき、イヒドゥートの氷晶石鉱山のことを連想した。鉱山は海際にあり、秋がくると海水を露天掘り坑へ引いて凍らせ、冬の間の作業の足場にした。春になって氷が溶け出すとポンプで排水した。(cf.
No.684)
凍った足場は口に含めばもちろん塩辛かっただろう(まあ、そんなことはしなかったろうが)。そして夏場には、地面に浸み込んだり、氷に混じって残留した塩水が蒸発して、鉱山のあちこちに塩の結晶が出現した、ときには氷晶石の隙間に詰まって塩の脈をなした、のではないだろうか。
汗をかきながら作業に励んだ鉱夫たちは、そんな氷晶石を口に含んで塩分を補給したのではないか、と私のいつもの妄想が拡がった…
さて、Chiolite。発音はキアライトに近いらしいが、本邦ではチオライトと表記される。雪のような見かけからギリシャ語の「雪」に因み、1846年に命名・記載された。白雪石の和名がある。
組成Na5Al3F14。氷晶石に似た白色の鉱物で、氷晶石と同じ元素で構成されるフルオロアルミン酸ナトリウムの一種である。
イヒドゥートでは氷晶石、Cryolithionite(クリオリチオナイト/氷鱗雲母)とこの白雪石とが、初生フッ化鉱物として産した。
正方晶系の構造を持つが、ふつうは自形単結晶を示さず、塊状の氷晶石中に脈状または斑塊状となって見い出される。001
方向に明瞭なへき開を有し、へき開面はつねに若干の曲面をなす。
原産地はロシア、ウラル山地チェリャビンスク、イルメンのミアースクで、氷晶石ペグマタイト中にトパーズやフェナス石、蛍石などのハロゲン鉱物を伴って産した。フェルスマンの「石の思い出」(旧訳P.54/新訳P.63)に、次のように描写されている。
「ごらんなせえ」と山男、ロバーチェフがイーリメニ鉱山できわめて珍しい白雪石の塊をわたしにしめした。
「そら、あんたみなせえ、こまけえ桃色の縞でさ、これが、なんだで、あんた流にいえば、チオリットでさ。もし縞がなけりゃ、ほんとうの氷晶石だがね、やつは歯でかむてえと氷みてえにかてえだが、白雪石はもろくくだけちまうだ」(旧訳)
嚙むと、どんな味がしたのだろう。白雪と同じで、味はなかったのだろうか。
イヒドゥートの鉱山でならば、あるいは塩味が混じっていたかもしれないが…。
補記:「石の思い出」新訳(2005年草思社)では、白雪石に「しろゆきいし」とルビが振ってある。またこの石が長石と氷晶石の間に入っていること、氷晶石はつるつるしていることが述べられている。
補記2:「たいていの人は、北極地域の氷は海水が直接凍結してできたものだと思っている。ところが夏には、浮氷のほとんどはその種の氷ではない。夏の流氷を構成しているのは、北部グラント・ランドの氷河状縁氷から割れて出た広大な氷盤が他の氷盤や陸地との接触によって割れ、それが激しい上げ潮の勢いを受けて南へおしやられたものだ。」(ピアリー著「北極点」第10章より(中田修訳))。この記述はピアリーがグリーンランド島西岸とエルズミーア島東岸との間の狭い海峡を、氷を押し分けて通り抜けるあたりにでてくる記述。やはり陸氷もあるようである。