751.安銀鉱 Dyscrasite (チェコ産) |
安銀鉱。アンチモンと銀とを合金状態で含む鉱石で、理想組成は
Ag3Sb、銀のアンチモン化物である。アンチモンは古くから知られた元素で、そのレグルス(金属質)は17世紀初には錬金術の一大テーマとなっていた(cf.No.641)。本鉱もある程度古い時代から気づかれていたと考えられるが、文献上の記載はトービョルン・オーロフ・ベリマン(1735-1784)の「鉱物」(1782) に Argentum nativum antimonio adunatum (アンチモンと結びついた自然銀)とあるのが最初とみられている。
後にヴェルナーは Spiesglanz-Silber (輝安鉱-銀)と呼び(1796)、フリードリヒ・ハウスマンは Silberspiesglanz
とした(1813)。1820年代には K.C.v.レオンハルトやA.ブライトハウプトがより妥当な評価をして、Antimon-Silber
または Silberantimon (アンチモン・シルバー/シルバー・アンチモン)と称した。
銀分の含有率が 72-84%の間(Ag3Sb〜Ag6Sb
の間)で変動することが知られ、ために理想組成を決定することが難しかった。今日の学名 Dyscrasite
は1832年にビューダンが提唱したものだが、その語源はギリシャ語の
dus デュス(bad) + krasis クラシス(mixture)
に由来し、成分の一定性を欠くことを示すという。素直にアンチモン・シルバーと呼んでよかったのではないかと思う。
自然砒中に小さな塊状ないし粒状で産し、あるいは石灰岩中に(葉片状)結晶が埋もれて産する。結晶構造は斜方晶系。低い六方錐台の自形をとるが、柱状の結晶は六角柱状になることがある。まれに結晶面に深い条線が発達する。硬度はおよそ3で方解石に近い。へき開
(001), (011)に明瞭、断口不平坦。ナイフで切れる。新鮮な状態では銀白色の金属光沢に輝くが、日光と空気にさらされると、幾分黄色みがかった灰色に変色して光沢も鈍る。
まとまった産出は若干の産地に限られており、銀鉱石としての重要度はさほど高くない。しかし標本としては珍重されている。クラップロートが化学組成を分析した標本の産地、ドイツの黒森・ヴォルファッハ地方が原産地とされる。
銀分の多いもの(〜Ag6Sb)は、組成からみて、むしろアラージェンタム(アラルジェンタム:allargentum)に近い。これは微量のアンチモンを含む銀鉱で、組成式
(Ag1-xSbx) (x
≈ 0.09-0.16)。通常塊状だが、ときに樹枝状に発達し、自然銀と連晶をなすこともある。ただ、自然銀はふつう等軸晶系(立方最密充填)で、アラージェンタムは六方晶系(六方最密充填)の構造である。
この鉱物に最初に気づいたのはドイツの鉱床学者パウル・ラムドール(1890-1985)だった。鉱石薄片標本の顕微鏡研究に一生を捧げた大家で、1960年に出版した記念碑的大著「鉱石鉱物とその共生」で知られるが、1949年、カナダ、オンタリオ州コバルト(注:地名)の自然銀・安銀鉱の薄片試料中に、光学異方性を示し、(安銀鉱または自然銀の)六方形状薄層ネットワークを伴う未知の鉱物を認めた。彼はこれをアラージェンタム(ギリシャ語で「もうひとつの銀」)と呼び、自然銀と安銀鉱との間をつなぐ六方晶系(ε相)の鉱物と考えた。後にアンチモンその他微量の重金属を含む自然銀には、六方自然銀と呼ぶべき構造部分が存在することが分かり、アラージェンタムを合金鉱物とみなして金属元素鉱物に分類する向きもある。
一方、安銀鉱は斜方晶系で、アラージェンタムとの間に不連続領域があるので、元素鉱物とはされない。
画像の標本はチェコのプシーブラム産。かつてウラン鉱床地域(ウラン第21鉱山)に5センチに達する結晶(双晶)を出した有名産地である。1990年代初には良品が多く出回ったが、今では産状のわかる標本はなかなか貴重品である(もしかして放射性かも?)。
当時は日本でも K科学さん(当時)が東欧のコレクターからブロック状の自然砒に埋もれた標本をまとまった数仕入れられたもので、その潤沢さと巨大さに圧倒された私は(お値段もあって)手を出さなかったのだが、今となってはそんな博物館級の標本が甘茶に手の届く値段で市場に出ることがあろうとは思えない。これまた後悔先に立たずのひとつであります(とはいえ、入手しても置き場に困ります)。