輝銀鉱/針銀鉱 Argentite/Acanthite
は銀と硫黄の化合物で、組成式 Ag2S。銀鉱石としてもっとも重要な鉱物のひとつである。ブラウンズの「鉱物界」(1912)
には、「重要度の高い銀鉱石として我々がここに記述するものは、輝銀鉱
(Argentite)、安銀鉱、ルビーシルバー(群)、脆銀鉱(ブラックシルバー/Stephanite)、およびホーンシルバーである」とあり、続けて、その銀色の閃き、87.1%
という高い含銀率、硫黄以外の(雑)成分の混入がきわめて少なく、たいてい純粋な硫化銀鉱として産することが指摘されている。ただしその明るい閃きは新鮮な破面や切断面にのみ見られ、ほどなく暗い鉛灰色ないし黒色に変わってしまう。
ナイフで容易に切れ、またハンマーをあてれば鉛のように打ち延ばされる。ドイツのフライブルクにはかつて大きな塊状の本鉱が出たが(時に数
kg に及ぶ結晶標本も)、鉱夫らはそれを彫って飾り物を作ることがあったし、ポーランドのアウグスト王は彼の肖像を打刻したメダルを作らせたという。ハンガリーの鉱夫らは本鉱を「柔鉱
(Soft Ore)」と呼んだ。硬度は2〜2.5。
古来ヨーロッパで Argentum rude plumbei coloris
(鉛の色の銀鉱石)または Glas ertz
(ガラス鉱石)と呼ばれた鉱石は、本鉱、あるいは本鉱を主とするいくつかの鉱物種を指したと考えられている。
Glas ertz はアグリコラの著作(1546)に出てくるが、硫化銀鉱はガラスのように透明でもなければ脆くもないので、あまり適切な名ではないとブラウンズもフーバーも指摘している。別名に
Glanz ertz(erz)/ Glance ore (閃く鉱石の意)があり、派生の Silber Glanz/ Silver
Glance から和名、輝銀鉱があてられた。旧い学名 Argentite
は 1845年にハイジンガーがラテン語の Argentum
(銀)から定めた。
輝銀鉱は等軸晶系の構造で生じ、結晶形は立方体または八面体、あるいはその組み合わせがふつうである。シャープな単結晶は稀で、たいてい稜が丸みを帯び、連晶していたりドルース状になって生じている。自然銀と共産していることが多い。石英を伴う。
(金や)銀はマグマから各種鉱物が晶出する過程で晩期まで熱水中に留まって濃集される傾向のある元素とみられ、地表近くに浅熱水性の鉱脈を作ったり、あるいは硫化鉱床の富鉱帯に二次的に本鉱(硫化銀鉱)が生成していることが多い。その際、179℃を下回る温度環境では等軸晶構造は不安定となって単斜晶系に遷移する。輝銀鉱の融点は常圧下で
800℃ほどであるから、高圧の地下ではもう少し融点が高いとしても、その程度の温度から
179℃あたりまでの環境で生成すれば、等軸晶系の結晶形をなし、生成後に冷却してゆけば仮晶を保ったまま単斜晶構造に変化すると考えられている。これより低い温度で生成すれば単斜晶系の柱状〜針状の結晶形をとる。
チェコのヤヒモフ(ヨアヒムスタール)に産した針状の硫化銀鉱が、その形状から針銀鉱
Acanthite (ギリシャ語の akantha
トゲに因む:旧い和名は硫銀鉱)と名付けられ、輝銀鉱とは別の種として
1855年に記載されたが(A.kenngott)、実際には両者は同質異像であって、上記の単斜晶系の硫化銀鉱は針銀鉱にあたる。そして我々が標本とする類の硫化銀鉱は、輝銀鉱後の針銀鉱仮晶ということになる。
ただし、今日
IMA は輝銀鉱 Argentite
を種名として認めていないので、鉱物学的には単に針銀鉱と呼べばいいのかもしれない。一方、世間では等軸晶系の結晶形を保つ標本は輝銀鉱と、針状の結晶形のものは針銀鉱と呼ぶのが慣いである。結晶形のはっきりしない標本はもちろん針銀鉱と標識される。
浅熱水性の石英鉱脈中に針銀鉱が微粒状で拡散した産状の鉱石は「銀黒」(ぎんぐろ)の名で知られている(微量の自然金や閃亜鉛鉱などを含む)。
No.749からの流れでいうと、熱水性の銀鉱脈の上部にいわゆる浅成富化作用で生じた高品位の銀鉱脈には、ホーンシルバーや自然銀、脆銀鉱、雑銀鉱、濃/淡紅銀鉱などを伴って本鉱が主要鉱石として産することがある。ネバダ州バージニアのコムストック・ロードの鉱山はこの種の代表的なもので、メキシコのグアナフアトやサカテカスの旧鉱山も同様であった。