641.ジオクロン石 Geocronite (イタリア産)

 

 

geocronite ジオクロン石

ジオクロン石 (結晶面に斜めに交差する縞模様がみえる)
-イタリア、トスカニー、ヴァル・デ・カステロ産

 

希産の金属鉱物である。硫安鉛鉱という和名が示す通り、鉛とアンチモン(一部砒素に置換)の硫化物で、組成式は Pb14(Sb,As)6S23。砒素分が優越したものはヨルダン鉱 Jordanite と呼ばれる。
記載は1839年と古く、学名はジオ(地球)とクロノス(土星)、すなわち錬金術におけるアンチモンと鉛のシンボルを冠したものである。鉱物や元素には天体から名をとった例がいくつかあるが(例えば元素ウランやテルル、セリウムなどから派生した名)、ジオクロン石はむしろ錬金術的知識から生まれた名前であって、鉱物学の源が錬金術によって蓄積された知識ないし実験技術にあったことをうかがわせる。

アンチモンは古代から知られた物質とみられているが、西洋史に現れるのは15世紀頃であるようだ。「元素111の新知識」には「錬金術時代にはたしかに登場していて、その最初の報告は1450年にトルデンによって行われている」と、錬金術との関わりにおいて西洋に紹介されたことが示されている。もちろん、その知識はアラビア錬金術の系譜からもたらされたもので、人類がこの金属を知った歴史はさらに古いはずだ。
古代ギリシャやアラビアでは眉墨やアイシャドウとして黒色の鉱物顔料を練ったものが用いられたが、これは硫化アンチモンである輝安鉱(Stibnite) だったと考えられている。エジプトのクレオパトラも愛用したということになっている。stibi またはstimmi と呼ばれていた(スズや鉛を表すラテン語スタナムに似ている)。No.149No.525に書いたが、16世紀頃まで鉛、スズ、アンチモン、ビスマスはしばしば混同されていた。

トルデン(ヨハン・テルデ)は 1565−1614年頃のドイツ人で、製塩場主だった。ベネディクト会修道士バシリウス・ヴァレンティヌスが1450年に書いた(という名目で?)錬金術書「アンチモンの凱旋車」を編纂し、 1604年に出版した。なので、アンチモンに関する知識が西洋に広まったのは実際には 17世紀初前後のことだったかもしれない。

錬金術のシンボリズムは難解だが、天体との関連で、銀は月、水銀は水星、銅は金星、金は太陽、鉄は火星、スズは木星、鉛は土星に結びつけられ、この7種が基本金属として星の名で呼ばれ、占星術の星記号を使って表現された(7という数字がそもそも神聖で魔法的だと考えられた)。
ヨハン・ベックマンは「西洋事物起源」に古くから名前を与えられていた金属のリストを上げているが、そこでは7つの基本金属についでアンチモンが示され、 1490年 ヴァレンティヌスと注釈されている。ついで「ビスマス 1530年 アグリコラ」、「亜鉛 1530年 (疑問符つきで)パラケルスス」とあり、次はずっと時代が下って、「砒素及びコバルト 1733年 ブラント」(1250年アルベルトス?⇒No.653)、「白金 1741年 ウッド」、「ニッケル 1751年 クロンステッド」といった具合である。
金属アンチモン(自然アンチモン)は天然には珍しく、通常、輝安鉱などから錬金術的処理を経て流れ出した液体を結晶化させて得た。術師はこれをアンチモン・レグルス(アンチモンの小さな王 :注1)、星の心臓と呼び、シンボルに地球を採用した。すなわちアンチモンは錬金術のひとつの精華であったのだ。

余談だが、ヴァレンティヌス(この人物は実在が疑われている)は賢者の石について、「臙脂色を帯びた鮮紅色あるいはルビー色から、しだいに深紅色に変化してゆく。また重さは見た目から想像するよりもはるかに重い」と書いている。
コスモポリタンは「自然によって最終的に完成された状態では、蜜蝋やバターのように可融性(64℃で融解)を持っている。またその外見は半透明で、赤い色をしている」とした。なにやらルビー・シルバーや練丹薬の辰砂を想わせるが、アンチモン・ガラスの色もまた赤色である。これは催吐剤であり、錬金の助剤でもあった。
また、低温で溶けるところもアンチモンの性質を窺わせる。錬金術師たちが「アンチモン・バター」と呼んだ(白色の)柔らかい物質三塩化アンチモンは約73℃で溶けた。アンチモンの融点は約630℃で、鉛・アンチモン・スズの合金である活字合金は融点(凝固完了温度)約240℃である。
アンチモンの化合物に酒石酸カリウム・アンチモンがあり、古く毒薬として扱われたが、これは梅毒や住血吸虫病などの治療に用いられる化学薬品である。

ジオクロン石は単斜晶系、結晶は稀、鉛灰色、金属光沢、へき開{011}に顕著、断口は不均等、硬度2.5、原産地はスウェーデンのサーラ銀山。

補記1:レグルスはラテン語で「小さな王」の意味だが、当時の化学者(錬金術師)は鉱石から抽出された金属または金属質の物質を(○○鉱の)「レグルス」と呼んだ。アルセニク(砒素)のレグルス、コバルト・レグルス、マンガン・レグルス、タングステンのレグルス、など、16世紀以降発見された金属(元素)はいずれも純粋なレグルスを得ることが化学者(錬金術師)の大いなる望みであった。 

「錬金術の『沈んだ王』は、冶金学のいわゆる「金属の王」、すなわちレグルス(マット)(Regulus ラテン語で「小さな王」を意味する)となって生きのびた。レグルスとは鉱石精錬の際に炉の底のスラグの下にできる金属塊の名称である。」(ユング「結合と神秘2」p.102)

補記2:「水底に沈む王はアルカヌム、すなわち秘密物質で、ミヒャエル・マイアーにおいては「哲学者のアンチモン」と呼ばれる。この秘密物質は、もともと意識中に生き生きと存在していたのが無意識のなかに沈降してしまい、いまふたたび新たな形態をとって意識に引き戻されようとしているキリスト教の主要因子と対応関係にある。アンチモンは黒(黒色)に関係している。それは三硫化アンチモン(Sb2S3)として、髪を黒く染めるオリエントの最上の染髪料(kohol)なのである。」 (No.647 輝安鉱
「…それゆえ錬金術師たちに周知のアンチモン化合物(Sb2S3, Sb2S5)のなかには、王とライオンの本質を明示する物質が含まれており、「アンチモンの凱旋」 triumphus Antimonii ということがいわれるのはそのためである。」(ユング「結合と神秘2」p.102)

 

鉱物たちの庭 ホームへ