941.水晶 Quartz (USA産)

 

 

 

水晶 錐面(r面)のひとつだけが大きく現われた晶癖
右下がりの短冊状の面は 肩の小面(s面)でなく、錐面の一つ(z面)
−USA、AK、イーダ山、ブルワー・マイニング産

柱軸(c軸)に沿って錐面を見下ろす
z面は小さいか部分的に現れている

上の画像の錐面の稜線を示した(マゼンタ色)
外形線(橙色)は、図の左上側に柱面が成長してゆくと
 z面が三角形になって現われると想定して引いた

 

画像は水晶の名産地の一つ、米国アーカンソー州の水晶地帯(クオーツ・ベルト)に産した標本。一つの錐面(結晶学的には菱面体面)だけが寡占的に大きい晶癖(ハビット)を示すもので、この種のハルビトラ君をドフィーネ・ハビットという。フランスのドフィーネ地方は水晶の古典的な産地である。
上の画像の中央上部に右下下がりの細長い面が見えているが、これは s 面でなく錐面(z 面)の一つで、その右に見える大きな錐面(r 面)の発達のあおりでこのようないびつな形になったもの。
2番目の画像は標本を頭部から見たもので、柱部の断面は六角形、錐面は下側の r 面が一方的に大きく、 z 面は上側に小さな三角形、そして発達した下側の面の左右に冊状に現れていることが分かる。
3番面の画像に頭部の稜線をマゼンタ色で示した。水色の破線は上部の輪郭を基準に、z 面が3つとも三角形状に見える位置に下部側の輪郭があった場合を仮想的に示したもの。実際の外形はこれよりも左下側が大きく発達しており、この側の柱面が対角側と比べて成長が早かったための成り行きと直観的に思われるが、実は逆で、大きな面は成長が遅くて取り残された部分にあたり、上側の柱面や錐面(菱面体面)が早く成長した結果と考えなければならない。

水晶は柱軸周りに3回らせん対称の構造であるから、柱面の成長速度はエネルギー的に3方等価のはずで、錐面の集まる頂点が中心にあるのが理想的に成長した形である。しかし現実にはそうならないことが、けして珍しくない。アーカンソー産の水晶は熱水中に溶け込んでいた珪酸分が晶出して出来たものとみられ、熱水が流れてくる正面で優先的に成長が起こると推測できる。
橙色の破線は、将来下側の柱面や錐面が成長して(相対的に小さくなり)、3ケの z面が三角形状になった場合を仮想的に示した。
なお流速の低い熱水中では、珪酸分を含んだ溶液が重力によって沈降してくる影響が強くなる。結晶の柱面が重力と垂直方向(つまり地面に水平)に配置されていると上側が早く成長し、下側に大きな面が現われることになる。一方、柱面が立っていれば(重力と平行であれば)、各 r 面の大きさは均等になるはずだ(各 z面の大きさも均等になるが、基本的に r > z )。

さて、水晶(石英)の結晶構造を少し詳しくみてみよう。
No.939で述べたように、水晶は [SiO4]4- の正四面体ユニットが3次元網目状に連結(重合)した構造をとる。
またNo.940で述べたように、柱軸(c軸)まわりにらせん的な構造を持つ。その構造は高温環境(常圧下では 573℃〜870℃)で安定なベータ形と、より低温で安定なアルファ形とがある。一般に我々が眼にするのはアルファ形の水晶だが、ベータ形の方が対称性が高いので先にこちらからみる。下の図はベータ形の右手水晶を c軸方向(上方)から見下ろした時の概念図である。

ベータ石英(水晶)の構造図 右水晶

※ Deer et al. "An Introduction to the Rock-forming Minerals" (1992)
Fig.217 に加筆、対称記号は変更した(sps)

中心に黒丸、四隅に白丸のある四角形は [SiO4]4- の正四面体ユニット1ケを表している。対角の1方を実線で、他方を破線で描いているが、実線で結ばれた白丸(酸素原子)2ケは c軸上で同じ高さにあり、また破線で結ばれた対角の白丸2ケも c軸上で同じ高さにある。そして実線側の2ケは、破線側の2ケより高い位置にある。下図を参考にされたい。

各四角形は3種の色分けをしてある。これはc軸方向の高さの違いを示している。今、「中心軸」と書いた正六角形を時計に見立ててその周りの6ケの正四面体ユニットを見ると、1時の位置に「0」(青色)、左回り(反時計回り)に「1/3」(薄赤色)、「2/3」(薄緑色)のユニットが続く。「0」の上側左の白丸(酸素)は「1/3」の下側右の白丸を兼ねて繋がっている。「1/3」の上側下の白丸は「2/3」の下側右上の白丸を兼ねて繋がっている。そして「2/3」の上側右下の白丸は、図で「0」のユニットの真上の位置、数値で言えば「1」の位置にあるユニットの下側上の白丸を兼ねている。こうして今挙げた4つのユニットは反時計回り(右巻き)のらせんを描いて、さらに上に下に伸びている。
図の7時の位置にある「0」は、左回りに同じように「1/3」(薄赤色)、「2/3」(薄緑色)のユニットに続いて、1時の位置では「1」のユニットに繋がって、同様の反時計回り(右巻き)のらせんを描く。つまり「中心軸」回りに注目すると、2重の右巻きらせんが幻視される。それぞれのらせんは、6ユニットで周回して、次の7ユニット目で元の文字盤の1周期高い位置に戻る。下にそのイメージを示す。

次に、A,B,Cと書いた位置にある正三角形の周りに注目すると、Aでは右下の「0」から、右回り(時計回り)に左下の「1/3」、上の「2/3」に繋がって昇り、次に「0」の位置の真上で「1」のユニットに続く時計回り(左巻き)のらせんを描く。B,Cも同様で、3ユニットで周回して、次の4ユニット目で元の位置の1周期高い位置に戻る。2周期繰り返すと、先の2重らせんの周回と同じ高さに達する。
これがベータ石英(高温水晶)の「右手水晶」の結晶構造で、平面方向には図の太い青線で示した菱形を繰り返し単位として広がっている。(従って「中心軸」と書いたが、正六角形の環は無数に存在している)
このように水晶は柱軸方向にらせん構造を持っているのだが、観方によって右巻きに見えるところもあり、左巻きに見えるところもあり、実態はすべてが3次元的に繋がって(どの酸素も異なるユニットの珪素2ケと連結している)、全体ではもうなにがなにやら分からない複雑な組織になっているのだ。
この構造と対掌的な(キラルな)性質を持つもう一つの等価構造がある。すなわち、「中心軸」の六角形周りに左巻きの2重らせんを、三角形周りに右巻きの単らせんを描くもので、こちらが「左手水晶」の構造である。
水晶の構造のうち、柱軸方向に進行する偏光に右旋性や左旋性を与えるのは三角形周りの3ユニット1組で繰り返すらせんの構造である。(右手水晶ではこの左巻きらせん(右回りらせん)が右旋性を与える。)

ベータ石英(右水晶)の構造を、もう一度「中心軸」を基点として見ると、これを軸に反時計回りに60度回転させて、1ユニット分(1/3分)上方へ進ませると、元と同じ配置になることが分かる。さらに60度回転させて1ユニット進ませても、やはり同じ配置となる。つまりらせん的に1周する間に6回の対称位置があり、1周で6ユニット分進む、6回らせん軸対称の構造であることが分かる。これを6らせん構造という。の意味は360度÷=60度、反時計回りに進んで、/=1/3 進むと同じ配置となることである。
A,B,Cなどの3回らせん軸も、この60度回転+1/3前進の操作で同じ配置に嵌まる(当然ながら同じ空間群に属する)。

ベータ石英(左水晶)も同様であるが、こちらは6らせん構造である。の意味は360度÷=60度、反時計回りに進んで、/=2/3 進むと同じ配置になることだ。
結晶学の分類ではベータ石英(右水晶)は 6222空間群、ベータ石英(左水晶)は 6422空間群に属する(右2桁は別の軸周りの対称性を示す数字)。いずれも六方晶系。ややこしいことに、6222空間群は左手型、 6422空間群は右手型に分類されている。(右旋性を与える対掌構造体が左手型。cf.No.940 補記3

次にアルファ石英(低温水晶)だが、基本的にはベータ石英と同様の3次元網目構造を持つ。ただし、より低温で安定の構造なので、網目で囲まれた空間が少し狭まっており、四面体が c軸方向に少し傾いて繋がる。これにより比重はベータ石英で 2.53 (at 590℃)、アルファ石英で 2.65 (at 25℃)と少し重たくなる。
2ケの正四面体の間で、珪素と珪素とを酸素原子が直線的に結んでいると仮想すると、その直線の理想的な折れ角(結合角度)はベータ形で 150.9度 (at 590℃)、アルファ形で 143.6度 (at 25℃)となる(Wright & Lehmann, 1981)
アルファ石英(右水晶)の構造を下に示す。

ベータ石英と比べると中心軸回りの六角形が少しいびつになっている。らせん構造は同じだが、1周期繰り返した時の前進距離が少し短くなる(格子間隔が小さい)。ユニットセルのサイズは ベータ石英で a=5.00, c=5.46 (Å), V=118.1 (Å3)。アルファ石英で a=4.91, c=5.40 (Å), V=112.9 (Å3)。(P.J. Heaney, 1994)
右手水晶は六角形周りに右巻きの2重らせん(6ユニット1単位)、三角形周りに左巻きの単らせん(3ユニット1単位)。左手水晶はその逆(対掌)構造である。左手水晶の構造を下図に示す。

図から分かるように、アルファ石英は中心軸回りに60度回転させて前進させても、同じ配置とならない。120度回転させて前進させると、同じ配置になる。つまり3回らせん軸対称である。
以上をまとめて簡略化した構造を下図に示す。これは A.M. Glazer (cf.1)の図を少しアレンジしたものだ。

高温石英は6回らせん軸対称、低温石英は3回らせん軸対称

アルファ石英(低温石英)の右水晶はらせん構造である。すなわち、360度÷=120度、反時計回りに進んで、/ 進むと同じ配置となる。左水晶は らせん構造である。すなわち、360度÷=120度、反時計回りに進んで、/ 進むと同じ配置となる。結晶学の分類ではアルファ石英(右水晶)は 3221空間群、アルファ石英(左水晶)は 3121空間群に属する。いずれも三方晶系。こちらもややこしいことに、3221空間群は左手型、 3121空間群は右手型に分類される。(cf.2)
アルファ石英もベータ石英と同様、柱軸方向に進行する偏光に右旋性や左旋性を与えるのは三角形周りの3ユニット1組で繰り返す単らせんの構造である。

右手水晶と左手水晶とでは、比重・硬度その他の物理的特性や化学的特性は同じである。しかし光学的特性に違いがあり、結晶構造にキラリティ(対掌性)を持つ鏡像異性体の関係にある。
自形結晶の外観上の違いや光学的な旋光性の違いは右・左で語ることが一応可能であるが、結晶構造については単純に右か左かに区分することは必ずしも適当でなく(両方の性格がある)、ただ左・右旋光性を持つ対掌的な(キラルな)2種があると言える。
我々は結晶の肩に現われる小面の偏り(第一定義)あるいは旋光性の向き(第二定義)によって「右手水晶(右水晶)」、「左手水晶(左水晶)」と呼んでいるが、第三の定義として、結晶構造の空間群によって右手・左手と区分することも出来る。ただし伝統的な第一・第二定義と左右の表現が入れ替わるので、混乱の温床と思われる。(cf.2)

  右手水晶 right-handed quartz 左手水晶 left-handed quartz
半面像の配列(s面、x面の出現) 右手寄り(右巻きらせん状) 左手寄り(左巻きらせん状)
柱軸に沿った旋光性  右旋性(反時計回り) 左旋性(時計回り)
アルファ形(三方晶系/低温型)の空間群 P3221 (左手型) P3121  (右手型)
ベータ形(六方晶系/高温型)の空間群 P6222 (左手型) P6422  (右手型)
SiO4 ユニットの対掌的な(キラルな)配列 (アルファ形/ベータ形とも) ・左巻きらせん(3ユニット1周/旋光性に寄与)
・右巻きらせん(6ユニット1周x2重)
・右巻きらせん(3ユニット1周/旋光性に寄与)
・左巻きらせん(6ユニット1周x2重)

cf. No.939No.940 (右水晶、左水晶の歴史的定義など)

cf.1: A.M. Glazer, "Confusion over the description of the quartz structure yet again"(水晶構造の記述をめぐる混乱について、今一度) (2018)

cf2. Dana 8th の石英(Quartz)の項には "HEX-R (α-quartz) P3121 (right-handed) or P3221 (left-handed). "と記されている。この場合の右手・左手の区別は空間群の対掌性であり、我々が言う右水晶・左水晶とは逆。

補記:群晶において、特定の錐面(菱面体面)の発達する向きが揃っているかといえば、文献によってそのように書かれている産地もあるが、手元の標本を見ていると必ずしもそうと言い切れない気がする。ドフィーネ・ハビットの結晶のすぐ隣に、錐面の頂点が中央付近で合わさっている結晶が並んでいたり、発達した面の向きが少し回っていたりする。
このあたりは私にはよく分からない。

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