942.サイコロ形水晶 Pseudo-cubic Quartz (USA産) |
水晶(低温石英・アルファ型)は、ふつう、錐面を持った六角柱形をなす。結晶構造は3方晶系で、その目で眺めれば、柱形の先に尖頂をなす6つの錐面は、一つおきに並ぶ3つの面と、その間に入る3つの面とに区分できる。r面と
z面とであり、大きさは r面 > z面となる傾向がある。(以前は、6つの柱面/
m面も同様に正負二つに区分されていた。)
一般に結晶は、相対的に成長速度の遅い平面で囲われた形をなす。成長速度は環境的な要因に大きく影響されるが、結晶構造からみると、構成分子(原子)が詰まった面ほどその面と垂直の方向への成長が遅く、逆にその面と平行な方向に(面が広がるように)成長しやすいと考えられる。
水晶 SiO2におけるそのあたりの消息を秋月博士の言葉を借りて表現すると、「水晶の結晶構造を切り、その切り口上に乗る
Si-O-Siの結合の密度を調べてみると、r面と z面で最も密であり、その次は
m面である。したがって、水晶に現れる基本的な結晶形態は
r面、z面および m面からなる。」ということになる。また「r面と
z面上に現れている結晶構造を比較すると、 r面の方で結晶構造に凹凸は少ない。このことが、r面と
z面の大きさの違いを作っているものと思われる。」(山の結晶 1993)
すなわち、錐面では密度が同等でも面粗度の高い/平滑性の悪い
z面の方で(面に垂直方向への)成長が速い(相対的に z面が小さくなる)わけだ。
(※R.M.Hazen の Chiral Crystal Faces of Common
Rock-Forming Minerals (2004)という資料を見ると、結晶面に揃う酸素原子の単位面積あたりの数は、z
>
m => r面の順で多く描かれている。並び方にキラリティが現われ、それぞれ異なる特徴的な配列パターンがある。)
なお、砂川博士の「水晶・瑪瑙・オパール」(2009)は「垂線成長速度の最も遅い柱面(※最もスムーズな結晶面)と次いで遅い2種類の錐面(プラスとマイナスの菱面体面)で囲まれた多面体をとる」と指摘していて、であれば面の成長速度は最も密なはずの
r面と z面より、
m面の方が遅いことになる(これは一般的な観察にも一致するが)。成長の遅速には密度だけでなく複数の要因が絡んでいるのだろう。また生成環境によって錐面と柱面の成長速度比は大きく変わるようだ。
今、これら3種の面について考えると、仮に(秋月博士説を採用して)もっとも成長が遅いのが
r面であるとしたら、究極的には r面のみで構成された自形結晶がありうるはずである。上の図(mindat
より引用)の左の結晶形がこれにあたる。菱形の6つの面で構成された立体で、このゆえに結晶学では水晶(アルファ型)の錐面を、菱面体面と呼ぶそうだ。これを正の菱面体面とすると、z面は負の菱面体面といえる(r面を柱軸周りに
60度あるいは180度回転させた面)。この2種の面で構成され、柱面を持たない六角両錐形が第二に想定される結晶形になる。
この形はめのう(微晶質石英)の微少な粒子に見られるといい(補記3)、また高温石英(ベータ型水晶)でもふつうに現われて、しばしばダイヤモンド形と表現される。産状からすると火山性の晶脈によく生じる(アメジストなど/短い
m面を伴う)。
ちなみに高温石英は六方晶系で r面と z面は等価であるから、r面のみ、あるいは
z面のみで構成された菱面体は結晶学的にないはずのもので、第一に想定される自形結晶は六角両錐形である。従ってこの面を菱面体面と呼ぶのは相応しくなく、錐面と呼ぶのが妥当と思われる。
高温石英として生成した水晶は、ある温度を境に低温型の結晶構造に速やかにシフトする。錐面として形成された面は、その外形を保ったまま(構造に歪みが生じて、白濁したり、き裂が入ることが多いが)、低温型の菱面体面に相当する構造に変わっていると考えられるが、どちらが
r面でどちらが z面かは見た目に判らない。
ついでにいうと、低温型でもドフィーネ式の双晶になっていると、やはり区別がつかない。(私としては一括りに錐面と呼びたい。)
六角両錐形に第三の面として柱面 (m面)が加わると、上図の右側のように、ようやく水晶らしい形になる。柱面は環境的な要因で短い場合も長い場合もある。
柱面がないか、あってもごく短い形の晶癖(ハビット)を、カンバーランド・ハビットという。イギリスのカンバーランド地方(カンブリアのエグレモント産水晶)に由来する。 No.19の標本はこの産地のもので、画像では分かりにくいが、柱面のない六角両錐形のやや大きめの結晶と、これより小さい細針状の柱面を持つ結晶とが共存している。
米国のニューヨーク州に産する、いわゆるハーキマー・ダイヤモンドもこの形が典型である(酸性水が作用した苦灰質の岩相中に低温生成。短い柱面を持つことが多い)。cf.
No.51、 Q03
さて水晶の菱面体面の2対の角は 85.2度と 94.8度をなす。厳密には菱形であるが正方形に近い。そこで一方の菱面体面のみで構成された結晶、あるいは他方の菱面体面や柱面があっても相対的に小さい結晶は、くるくる回してみるとどうもサイコロ(ダイス)に見えることがある。そこでこの種の晶癖をキュービック・ハビット(サイコロ晶癖)という。あるいは擬サイコロ晶癖(スード-キュービック・ハビット)という。ダイス水晶、キューブ水晶などの愛称がある。ドイツ語には "Wurfelquarz" (サイコロ水晶)。
このタイプの晶癖を模式的に示すと上図のようになる。
画像の標本は米国のアルテシア産で、「サイコロ水晶」あるいは産地名を採って「ペコス・ダイヤモンド」と呼ばれる。結晶面にそれぞれ
r, z, mの符号を振ると下のようである。
この標本は z面も m面もそれなりに発達したところがあるのだが、それでも一度サイコロのように見てしまうとサイコロにしか見えない。おかしなものだ。
サイコロ形の水晶はヨーロッパ(イタリアのトレッビア谷)やマダガスカル産も知られるが、米国西部のコレクターはペコス産を有り難がる。ペコス川流域の広い範囲(100マイル長 x 2-20マイル幅)で産し、特に南部のアルテシアやリバーサイドの町の付近で採集されて市場に出回っている。
あたりはペルム紀に堆積した石膏を主体とする地層で、その中で水晶が比較的自由に成長したと考えられる(そのため両錐を持つ)。一方の菱面体面の成長速度が他方を大きく上回って、結果として他方の菱面体面が寡占的に結晶面を構成したものと言える。
ペコス産のサイコロ水晶が記録された初めは 1583年、スペイン人の初期入植者の手になると言われ随分古いお話だが、博物標本的な需要や関心を集めたのは
1920年代以降である。大きなものは 5cmサイズに達する。
補記:柱面の上に「大きな錐面」(r面)があるときは、その柱面の下には「小さな錘面」(z面)がくることを No.940に書いたが、それぞれが別の菱面体を構成する正負の面であるのなら、柱面の上下で交互に配置されることに、なるほどな〜という感じがある。
補記2:ペコス川流域には柱面のある両錐水晶も多産する。これらも「ペコス・ダイヤモンド」と呼ばれる(サイコロ形に限らない)。
リンクしている「奇跡の星・奇跡の命」さんの水晶コレクションに、このタイプのペコス・ダイヤモンドが示されている。
補記3:めのうは普通、火山岩の晶洞の空隙を埋めるように産し、いくつかの発達段階がある。最初は晶洞の内壁に沿って不規則な縞模様の組織が年輪のように育つ。いわゆる「めのう縞」である。
その上層(より内側)に年輪の幅がはるかに狭くて均一な縞目が現われることがある。この種の縞模様を特にルンデル縞と呼んでいる(この層が存在しない場合も多い)。
その内側に、しばしば肉眼サイズの水晶が成長することが多い。ペグマタイト産の水晶と比べると低温で生成したものとみられ、柱面は短い(か、ない)。必ずブラジル双晶のラメラ組織を含むといい、薄片を光学検査するとブルースター縞が観察できる。
以上の3層に加えてさらに内側に、水平な細かい縞模様の堆積層が見られることがある。特にウルグアイ縞と呼ばれている。(ウルグアイ産のめのうで観察されたため)。
この層では石英粒のサイズが下層(第三層の石英結晶側)から上層(晶洞のより内側)に向うほど細かくなっており、おそらく最後まで晶洞内に残った熱水中を漂っていた微細な石英粒子が重力によって沈降したものと考えられている。
石英粒はサブミクロンサイズ(0.001mm以下)で、柱面のない両錐形の水晶から構成されている。熱水中では結晶核が出現する以前に珪酸(SiO4)-4イオンが(すでに対掌構造を持った)重合クラスターの形で漂っていたとみられ、結晶核が出現した時には右水晶か左水晶かのいずれかになっている。結晶核同士が繋がると、ブラジル双晶の巣といえる多結晶体が出来る(右水晶と左水晶の出現確率は同等と思しい)。これを基点に成長した低温水晶はブラジル双晶の複雑な分域を示すと考えられる。
cf.めのうギャラリー11。 上記の4種の層が複雑に組み合わさった瑪瑙。
補記4:一般論として、一方の菱面体面だけが発達した(三方晶的)結晶は、ほとんどすべての場合(z面でなく)
r面で構成されている、と Dana 8thにある。
また六角錐形に大きな偏りを持った結晶では、どれが r面でどれが
z面かを認めがたい場合があるが(特に頂点にノミ形の稜線を持つもの)、一般論として、独峰の頂点またはノミ形の稜線の形成に加わらない錐面は
z面と考えることが出来る。そして6面揃っている場合は一つ間をおいた3つの錐面が
z面で、ほかが r面とみられる。(頂点/ノミ型稜線の形成に4つの錐面が加わり、180度対向した位置にある2つの錐面が加わっていないような時は判断に困ってしまう。ドフィーネ双晶か?)(ドフィーネ双晶によって r面と
z面とが一つの錐面上に複雑な分域で混合していることがしばしばある。)
「もっとも大きな錐面が r面」との約束事は比較的多くの場合に当てはまるが、ドフィーネ晶癖のような偏った形状の結晶では必ずしもあてにならない。どれがもっとも大きいか決め難い場合もある。ちなみに
No.941の標本では、上記の特徴に整合するので、もっとも大きな錐面は
r面とみられる。
結晶学的には、r面と z面は異なる性質を帯びた面であるので、さまざまな特徴を勘案しながら慎重に見当をつけなければならない。高温石英(β石英)として生じた場合、面の大小で決めることは明らかにナンセンスだ(そもそも区分のあるはずがない)。
s面や x面などの微斜面が出ている場合は、x面の上(下)にあるのが
r面。また s面に条線が出ていれば、その線は r面を構成する辺に平行(その辺を持つのが
r面)という説がある。cf. No.947 No.965
※ x面やu面などに条線が現れるときは、むしろ z面との間の稜線に平行になる性質があると思しい(s面との間の稜線にも平行)。人工水晶でもそうなっている(cf. No.992)。然れば s面に現れる条線もまた z面との間の稜線に平行になるはずではないかという気もする。 cf. No.983