946.ツノ形水晶 Tapered Quartz (ブラジル産)

 

 

 

ツノ形の晶癖を持つ水晶(全柱面テーパ状成長)
−ブラジル、バヒア州産

先端まで柱軸に垂直な条線が続いている

幅が細くなり、先端に至る前に脱落する柱面がある

右肩に細く覗いているのが、一つだけ判る先端の錐面
(ほかの柱面の上にははっきりした錐面がない)

この結晶では明瞭な先端の錐面が一つもない

 

No.945 の続き。
小さな錐面( z面)の下の柱面( m面)が、丈の短い z面と m面との繰り返しで構成されて(階段状に)先細っている晶癖をムソー・ハビットという。大きな錐面( r面)の下の柱面はしかし、基本的に柱軸に平行な平面(m面)をなして階段状でない。このように柱面の性質が1つおきに交替するのは、水晶が柱軸まわりに3回らせん対称の構造を持つことに関係すると思われる。cf. No.941

一般に水晶の柱面には柱軸に垂直な条線が現われるが、ムソー晶癖では小錐面下の条線は m面と z面の境界をなす稜線の繰り返しとみなせる。では大錐面下の柱面の条線もそうかと言えば、はっきりしたことは(見ても)分からない。また一般の水晶で同じことが言えるのかもはっきりしない。
とはいえ、我々が巨視的に平面とみなす縦長の柱面は、微視的にはおそらく細かな凹凸面の繰り返しであり、仮想的な(理想的な) m面がすべてではないのだろう。r面-m面-z面-m面の繰り返しを含んでいるかもしれないし、z面-r面の2面の繰り返しかもしれない。M面(大傾斜菱面体面)など他の面も加わっているかもしれない。
言い換えると、条線はマクロな秩序とは別のミクロな秩序を含んでおり、水晶の結晶構造が柱軸を垂直に切る平面(c面)上を拡がってゆくとき(柱部が太るとき)、いわゆる柱面ではつねに錐面を含む水晶の外形が新しく現れる可能性があるのだと思われる。(どのくらいの面積と平坦性があれば面と呼べるのかは議論の余地ありだが。)

柱面を指の腹でそっとなぞってみれば、たいてい盛り上がりやクボが感じられるものだ。爪を立ててなぞれば、一方向(上→下)にだけ引っ掛かりや抵抗が感じられることもある。面の粗さや肌荒れの具合・面上の模様は、しばしば隣りあう柱面で性質が異なっており、一つおきの面同士で似ている。これも三方晶的な性質の現われと考えられる。

水晶の主要3面

さて、No.945のムソー晶癖の水晶では結晶の先端に小さいながらもはっきり錐面(菱面体面)と呼べる面が存在していた。階段状の漸減が3つの柱面だけで発達するからだ。
これに対してこのページの標本は、階段状の漸減が6つの柱面すべてに起こった結晶である。いずれの面もいわゆる柱面と傾斜面(※何面にあたるか不明)の繰り返しがあり、対向する柱面間の幅(太さ)が求心的に狭まっている。そのためどの柱面もそれ自体の横幅が先細りして三角形状となり、結晶全体としてツノ形ないし紡錘形をなす。
右側の大きな結晶では明瞭な錐面は一つだけ存在し、ほかは柱面だか錐面だか判然しない面が先端まで続いて、条線・階段面が刻まれている。2つの柱面が先端に至る途中で脱落し、先端は1つの錐面と3つの柱面の併せて4面の会合点となっている。
左側の小さな結晶では、明瞭な錐面はないに等しい。これらはコランダムなどにまま見る形状である。

このような晶癖を何と呼ぶのか知らないが、さながらスイスのアイガー峰北壁やマッターホルン峰を想わせる(ほぼ絶壁になった面を含む)ツノ形なので、ホーン・ハビットと言いたい気がする。柱面が m面と M面(-M面)とで構成されているとしたら、「テッシン・ハビット」の錐面のない形態といえるかもしれない。こうした晶癖の水晶はどちらかと言えば珍しいものである。

この標本は、ある標本商さんがブラジルのバイア州南部(Teixeira de Freitas 近く)で買付けをしている時にたまたま目に留まったものという。この地域にはペグマタイトを手掘りして、宝石鉱物(金緑石、紅柱石、アクアマリン等)を採集して糊口をしのぐ個人事業主の鉱夫(ガリンペイロ)が大勢いるが、彼らのたいていは貧しく、粗末な丸木小屋に暮らしている。
1978年、標本商氏はそんな鉱夫小屋を訪れて、小さな無色のベリルを伴った傾斜式の水晶を8ケ見つけて買い取ったのだった。提示した金額は随分安かったのだが、鉱夫は喜んで売ってくれたという。こういう標本を欲しがる人はそんなにあるものでないから。

 

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