945.ムソー晶癖の水晶 Muzo Habit Quartz (ブラジル産)

 

 

 

ムソー晶癖(三方晶癖)のレーザー水晶 (レムリアンシード) 
−ブラジル、MG州、ホアキン・フェリシオ産

 

No.944 に柱面の成長の不思議さを書いたが、ここではひとつのことを前提にしていた。先端の山の部分が伸びてゆくにつれて柱面も全体的に太ってゆく、という認識である。
この見方を採用するとステノの考察や今日の結晶学が教える条線の成り立ちに疑問が生じる。
しかしもし柱面が太らないのであれば、これらの教えはまさにその通り、であるのかもしれない。ただし、No.939の水晶の山入り部分の柱面より外側に、どうやって新しい平坦な柱面が出来たのかを説明していただかなければならない。
可能な説明の一つは、元の柱面を上書きして、新たなc面の前線が根元から先端に向かって(または逆方向に/柱軸方向に)高速度で前進していったという見方であるが、これは事実上柱面の成長に等しい。

さて、このページに挙げる標本も私にはなんだか出来方のよく分からない水晶である。
サイズ感を述べると、長さ 11cm ほどの単結晶で、対向する柱面3組の幅は根元の部分でそれぞれ 23, 22, 17mmあり、先端付近では 16, 16, 12mm に狭まっている。その狭まり方が不思議で、根元から 1/3ほどの高さまではどの柱幅もほとんど狭まっていないのだが(柱面が柱軸に平行)、それを過ぎると6つの柱面のうち、一つおきに3つの柱面がはっきり先細りになってゆく。上の画像でいうと、小さな錐面(z面)の下の柱面3つがそれで、階段状の漸減ステップが肉眼で分かる。このステップは柱軸に平行な面と先端の錐面に平行な傾斜した段で構成されている(つまり m面とz面の非周期的な繰り返し)。
一方大きな錐面(r面)の下の柱面は、いずれも表面がかなり滑らかである。ひとつは錐面の下までほぼ完璧に柱軸に平行である。ほかの2つは根元から 3/4ほどの長さまで柱軸に平行な面で、そこから錐面の下までわずかに傾斜して細くなっている。しかし面は滑らかで、指でなぞっても段差はまったく感じられない。傾斜角度は一定でなく先端に向かうほど傾きが大きい(角度の増分率(微分)はあるいは一定であるかもしれない)。

結果的に錐面の上方から見下すと、大きな錐面の下の柱面が狭まり、小さな錐面の下の柱面は幅が広い。No.943と同様の擬三角柱状で三方晶的性格が強く現われている。ただし後者は大きな錐面の下の柱面が幅広く、小さな錐面の下で狭くなっているところが反対の傾向になっている。
このページの標本のような晶癖を示す水晶は、1963年にコロンビアのムソー産(アルプス式熱水脈産)のものが最初に報告されたことから「ムソー晶癖(ムソー・ハビット)」と呼ばれている。その後は各地から報告があり、将棋の用語で言えば、「部分的によくある手筋」とみられる。例えば No.134の一番大きな結晶の左肩に見えている段差は錐面と柱面の繰り返しの輪郭線であり、中央の錐面に見えている二筋の横縞は柱面である。ブラジル産、スイス産、パキスタン産などでもこのタイプの結晶が観察出来る。

「ムソー晶癖」は「三方晶癖」の特殊な例といえる。大きな錐面の下の柱面が究極的に狭まると、柱面は小さな錐面の下の3つの面だけで構成された三角柱(錐)となる。大きな錐面の底辺はもはや存在しないので、下方に向けて狭まった三角の二辺になる(錐面が擬ダイヤ形になる)。下図にそのモデルを示す。r面の下の柱面の傾斜が何面にあたるのか、私は分からない。多分 M面(大傾斜菱面体面: Steep Rhombohedra)ではなかろう。(補記3) このタイプの標本を No.957に示す。

このように柱面の成長の特徴が2組にはっきり分かれるところを見ると、プラスの錐面/菱面体面(r面)とマイナスの錐面/菱面体面(z面)とで性格が異なるのと同様、柱面もプラスとマイナスで実は性格が異なるのかもしれない。昔の鉱物書を紐解くと m面と -m面とを区別していることがあるし、それぞれの特徴を指摘した報告も書かれている。(今はふつう区別しない。)
一般にたいていの天然水晶はドフィーネ双晶やブラジル双晶の領域を抱えて成長するとみられ、単結晶に見える自形結晶は実はけして単一の構造秩序でまとまっていない。しかし逆にこの標本のような特徴を示す水晶は、あるいはかなり純良な単一構造の結晶であるのかもしれない。(※補記2参照:z面の下の柱面の基部に観察される三角模様はブラジル式双晶による分画とも言われている。)

この標本の成長の仕方だが、先端に向けて細まってゆく形や段差は、根元(下段)の方から順々に接ぎ穂的に結晶が伸びていった様子をそのまま反映しているように見える(ちょうど入れ子式の釣竿の段を伸ばしたように)。しかし、今ある形より高く伸びてゆけば、今ある高さの柱面は確実に太っているはずだ。その時には下方の柱軸に平行な柱面部分がもっと上まで平行になっているかもしれないし、段差の位置(高さ)も変わっているかもしれない。
擬三角柱(錐)の部分が現われるかどうかは分からない。もしかしたら、成長につれて r面の下の柱面の幅がさらに狭まっていって擬三角柱になるのかもしれないが、逆に幅が広くなっていって六角柱の性格が強まるのかもしれない。(後者の見方をすると、今ある形は過去のある段階で存在した擬三角柱の部分が成長によって六角柱に太っていく過程にあるわけ。)

いずれにしても、17世紀のステノ以来、鉱物の結晶は外部から成分供給を受けて表面で成長してゆくと考えられているが、その形態が、あたかも根元から栄養を吸い上げて内部から成長してゆく植物や生物の成長形態に相似しているのは、なんとも不思議なことではないか。

ちなみにこのテの水晶は、パワーストーンの世界ではレーザー水晶とかレムリアン水晶とかシードクリスタルとか、さまざまに呼称されている。ジェーン・アン・ドウ(Dow)の著書を読むと、レーザーやシードといった呼称はクリスタルの形状とともにその内部を流れるエネルギーの方向性や性質に寄せられたもののようだが、今日では単に形状を指すことが多いようだ。
ドウはレーザー水晶を平板水晶のようにつねに平たく、側面にある種の波のようなうねりがあると述べるが、一般には単に普通の水晶より(レーザー光のように)長く伸びた形状を言う。先細っているものとか、柱面に条線が入ったものという条件を加える向きもある。
水晶の条線はかの世界ではバーコード(補記1)と呼ばれていて、アトランチス人が刻み込んだとか、レムリア大陸の古代文明の知恵の記録だとか、もろもろの秘教的なことが言われている。んなわけあるかい。
ドウは、シードクリスタルは地球に意識をもたらした最初の思考とエネルギーの種子だという。それは私たちが地球の内部の神秘を理解する時のトリガーとなるはずの結晶なのだと。
残念ながら私の時はまだ熟しておらず、標本に接してただひたすら不可思議と驚異の念に浸されるばかりなのだが。

ついでに言うと、私はパワーストーンというものは瞑想的に自己の意識を探究する人にとってだけそうなのであって、それ自体が霊的なものなのではない、と思っている。あなたが全霊で祈るとき、みよ、石でさえも応える。

cf. No.982 (ムソー晶癖の標本)

 

補記1:特にこのホアキン・フェリシオ産のムソー晶癖の階段面(バーコード)には「レムリアン・リッジ」の雅称もある。水晶の結晶面に現れる幾何学的な模様(ふつうは成長丘や蝕像)はパワーストーン世界ではさまざまな秘教的パワーや知識のシンボルとして扱われている。錘面に現れる上向き三角形△の成長丘をレコードキーパーと、下向き▽の蝕像をトライゴーニックと呼んで貴重視する。

補記2:ホアキン・フェリシオはセラ・デ・カブラル山にあった水晶産地で、1999年、ドウの盟友のクリスタル・ヒーラー、カトリーナ・ラファエルが特殊な形状の水晶を「レムリアン・シード」と呼んで紹介したことから、レムリアンの聖地とされている。「この水晶はレムリア人の生まれ変わり」というので、その名がついた。
3番目の画像の結晶の下部を見ていただくと、暗い三角形の模様がいくつかあるのが分かるだろう。これは結晶学でいう蝕像のように思われるが、ブラジル式双晶の分画模様で結晶面の粗れ具合の違いが目視できる状態ともみられる。このパターンが現れるのもレムリアン・シードの特徴だそうだ。
この鉱山は現在は水没して閉止しているらしい。 cf. No.986

補記3:ホアキン・フェリシオ産の水晶には z面の下の柱面がΨ面(プサイ面:大傾斜菱面体面)で置き換えられているものがある、という情報を見つけたが、r面の下の柱面はどうなんでありましょう。

z面の下の柱面基部の三角蝕像パターン。
(※蝕像でなく、ブラジル双晶による分画が結晶面に現れた模様という)
柱軸は画像左から右に向かって先端方向へ

r面の下の柱面基部の蝕像2(または成長模様)。
隣にあった別の結晶が離れた痕に
多少の成長が起こった領域と思しい。
上の画像の隣(画像では下側)の柱面。
※こちらもやはりブラジル双晶の境界を示す分画模様か?

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