947.水晶   Quartz  (マラウィ産ほか)

 

 

 

煙水晶 s面や x面のほかに、大傾斜菱面体面と
思しい広い面が現れている(左右の柱面とも)
左側の柱部は上から下に M→Υ→Ψ面に
相当する傾斜遷移を示す
右側の錐面のすぐ下はφ面に相当する傾斜を持つ
-マラウィー、ゾンバ産 

No.180の水晶の部分画像 
正面の錐面のすぐ下に M面と思しい
水平帯状の面が現われている。
(明るい反射光の出ている部分)
その下はほぼ柱軸に平行な m面(柱面)。
この錐面の左下の肩は、斜めに大きくそがれた
3方晶面(半面像)が出ている

 

水晶の結晶面と晶癖に関して、ここまでおおむね主要3面(r面:錐面:正菱面体面、 z面:錐面:負菱面体面、 m面:柱面)のなす形状を取り上げてきた。水晶に現れる面はもちろんこれですべてではない。
右手水晶と左手水晶
の識別にあたって、錐面と柱面の間の肩に現れる半面像の s面と x面とに触れた。また柱面が傾斜した形状に絡めて M面(大傾斜菱面体面)の名をあげた。

No.940の一番上の画像の右側の結晶には、錐面( z面)と柱面( m面)の間に傾斜の大きな水平帯状の面がある。その下の肌の荒れた広い箇所も柱面とは別の大傾斜面かもしれない(さらに下の滑らかな面との間の直線境界が明瞭)。また s面(三方両錐形面)の右下に不規則形状の面が、x面(ねじれ双角錐面)の上に細い帯状の水平な小面が見えているのも分かる。これらはいつも現れるわけでないのが奇妙だが、水晶には実に多数のマイナーな面が生じうるようだ。

19世紀の鉱物学者や結晶学者たちは、鉱物の結晶に現れる面を詳細に調べた。結晶の形態比較は化学分析と並んで鉱物種を分類する有力な手段だったし、種に固有の構造の顕れと考えられたからで、新しい面の発見や面角の測定が重要なトピックとみなされた。
19世紀初頃まで面角は簡単なセルロイドの分度器で測定されていたが、やがて高精度の立体的回転機構が発明されて、(微小な)結晶をユニバーサルに旋回させつつ、結晶面に当てた細い光の反射を望遠鏡で観察するようになった。ゴニオメータと呼ばれる機器で、面角を秒単位で決定することが出来た(cf. No.938 補記3)。こうなると面指数の大きな(面上に層成長が発達しない小さな)微斜面(※結晶面上のステップ成長に伴う微小な傾斜で、面の辺縁部に現れやすい/ 補記2)も記述出来るようになった。
秋月博士は、「成長によって生じた微斜面まで測定されて、面記号がつけられた。微斜面の結晶面からの傾斜角度は1度に満たないが、その角度は微斜面ごとに異なる。精密に測定すればするほど測定値はどんどん増加したが、その解釈ができないために、19世紀の末には収拾がつかなくなってしまった。」(山の結晶)と書いている。
その後、X線による結晶の構造解析が可能となり、結晶成長機構への理解もまた進んだ。その結果、「面角の測定値はそれほど重要なものでなくなってしまった。19世紀の多くの研究者が努力して測定した面角は、ほとんど利用されずに古い雑誌の中で眠っている。」という。

C.フロンデルは Dana 7th Vol.3 (1962)に、過去に研究・報告された水晶の 535種の面(の面指数)を総覧し、そのうち 112面を確実に存在する面とした。後の 423面を、かなり確度の高い 79面、不確かな 252面、否認されている 92面に区分した。
前者の 112面は出現頻度によって 5つに分けられている。ごくごくふつうの面(VVC) 5種、ごくふつうの面(VC) 20種、ふつうの面(C) 16種、少し珍しい面(LC: 6例以上の報告あり) 19種、残りの 52種はより報告例の少ないレア面(R)である。
VVCの 5種は、既述の m面(1 0 1 0)、 r面(1 0 1 1)、 z面(0 1 1 1)、 s面(1 1 2 1)、 x面(5 1 6 1)で、一般の図鑑類で取り上げられるのはこれら頻出面だけである。(※ s面、x面の面指数は右手水晶のもの。左手水晶の指数は下図参照。)

柱面が柱軸に平行な水晶の形態はこの 5面でほぼ説明に事足りるが、しかし柱面が先細りした結晶(実際によくある)では必ずしも十分と言えない。傾斜柱面の出現が考えられるからだ。最近の書籍は傾斜柱面を錐面と柱面との細かな繰り返し、またはこれらの成長の遅速バランスの結果として説明する傾向があり、ムソー晶癖は定義上その通りだろうが、一定の傾斜角をもって広がったさまざまな傾斜面(菱面体面)が観察出来る結晶のあることも事実である。(補記1)
すなわち柱軸に対する錐面の傾斜比を 1とすると、その 2倍の傾斜の l (エル)面(2 0 2 1)、 3倍の傾斜の M面(3 0 3 1)、 4倍の傾斜の Υ(イプシロン)面(4 0 4 1)、5倍の傾斜の e面(5 0 5 1)、 6倍の傾斜のζ(ゼータ)面(6 0 6 1)、 7倍の傾斜のφ(ファイ)面(7 0 7 1)、11倍の傾斜のΨ(プサイ)面(11 0 11 1)などで、このうち e面は Cランクだが、ほかの 6面はいずれも出現頻度の高い VCランクである。このほか 5/3倍の傾斜の i 面(5 0 5 3)、7/2倍の傾斜の h面(7 0 7 2)、11/2倍の傾斜の d面(11 0 11 2)といった大傾斜面が Cランクにおかれている。(※面指数はいずれも正(ポジティブ)面のもの。負菱面体面も存在する。)

各面の傾斜の違いを比較すると次の図のようになる。

フロンデルは柱面と錐面とで囲まれた普通の水晶の形状(晶癖)を柱状ハビット prismatic habit と呼んで、これらに M, Υ, e面等の大傾斜菱面体面が加わると、先細り形状である 尖鋭菱面体ハビット acute rhombohedral habit に遷移するとした。大傾斜面は縦幅の狭い面として現れやすいが、ときには長く伸びることがある。またときには柱面や錐面と繰り返しパターンを作って長い(湾曲した)傾斜柱面をなすとも考えられる。
スイスのテッシン(ティッチーノ)地方のマッジア峡谷などに産する、いわゆる「テッシン・ハビット(Tessin habit)」の結晶は M面あるいは i 面が卓越したもので、 v.ラートらが報告したノースカロライナ産の先細り煙水晶は M面(正面)と 'M面(負面)が大きく発達したものだと書いている。
大傾斜面のうちでもっとも多く出現するのは M面(3 0 3 1)であるらしい。mindatの水晶のページは VVC の5面に M面を加えた 6面を代表的な結晶面として紹介している。その図を下に引用しておく。

水晶の主要3面

水晶の頻出付加3面(三方晶面と菱面体面)
M面は正の大傾斜菱面体面で、負の面 'M もある。

画像の標本について。上の2つはマラウィのゾンバ山のペグマタイトに出た煙水晶で、主要3面以外の面がわりと大きく発達している。錐面の下の水平帯状の面はM面と思しい(左側)。その下も傾斜面でΥ面からΨ面に移って傾斜が急になっているようだがはっきりしない。右側の錐面の下はφ面に相当する傾斜をもっているようだ。
下の画像は No.180に載せたネパール産の標本の別の面を大写しにしたもので、錐面の下に縦幅の狭い水平帯状のM面が出ている。この結晶の各柱面にはいわゆる「マクロモザイク」組織が現われている。

これまで紹介した山梨産の水晶のいくつかにも触れておくと、No.928の 3番目の画像の左の結晶は、右の縁がいかにも末広がりに見えるが、傾斜の程度は上から下にΥ面→ M 面に相当する。 No.929の右の結晶はΥ面→ M 面に相当する 2段の傾斜面と、Υ面の傾斜が続く面をもっている。 No.930の結晶はφ面に相当する傾斜面を持つ。 No.931 の左の結晶は傾斜がわりと急で、ζ面→Ψ面に相当する 2段傾斜面と、 M面→ζ面に相当する 2段傾斜面とを持つ。No.933 の標本の右端の結晶は Υ面→ζ面に相当する 2段傾斜面を持つ。 No.934の結晶はΥ面→Ψ面に相当する 2段傾斜面を持つ。
これらはあるいは複数の微小な大傾斜面や柱面・錐面の複合面であり、仮想的な面なのかもしれないが、形態的にはあたかも一つの面、あるいは複数段の大傾斜面の遷移として扱えるようでもある。
なお、これら大傾斜面の傾きの差は必ずしも明瞭でないので、それぞれが何面にあたるかは精確に測定してみないと決め難い。

最後に Dana 7th に示された結晶図をいくつか挙げておく。

左はΥ(イプシロン)面(とその負面)が卓越した先細り水晶。
右は肩の部分にさまざまな大傾斜菱面体面や三方晶面が現われたもの。

いずれも錐面と柱目の間にさまざまな大傾斜面や
三方晶面が広く現われて、その下に柱面が続く水晶。

こんなのあるのかよ〜

左は r面の下が d面とm面とで階段状になった傾斜面のある水晶
右は珍しいξ(クシー)面( 1 1 2 2)(Cランク)が錐面の間に現れた水晶
ξ面は日本式双晶の双晶面をなすとされている。

(続く) → No.948 

補記1:柱面が先細りになる現象を、「錐面の/柱軸方向への成長速度に柱面の成長がついていかないから」、あるいは「柱面に付着した不純物が成長を妨げるから」とする説もある。これは柱面に条線の生じる理由として主張されるのと同じ説だが、ともあれマクロ的な視点で結晶を観察すると、ある一定の傾斜角度を持った面(に相当する領域)が存在するように見えることは確かである。この現象をどう解釈するかは、「面とは何か」の定義にも踏み込んでゆく必要があるのかも。

補記2:「鉱物学」(1975 森本ら 岩波書店)は、微斜面(vicinal face)について、次のように定義している。
「微斜面とは、高指数の小さな結晶面に対して与えられる名前で、普通主な晶帯上の主な結晶面の間に細長い結晶面としてあらわれたり、主な結晶面上に発達する成長丘の側面の形であらわれる結晶面である。」
(そして成長層のステップで構成された 1/300°の緩傾斜の例を挙げている。)
「大きく発達した結晶面でも、条線の発達だけがみられて、その面独自の成長層の発達をまったく認めることのできない結晶面もある。」(微斜面と同じ性質をもつ面といえる)
本書は、「天然の水晶では、(1 0 1 1)面(錐面)には三角形の成長層が発達して典型的な F面であることを示しているが、(1 01 0)面(柱面)は(1 0 1 1)面との稜に平行な条線が発達しているのが特徴である。しかし(1 01 0)面上には、同時に条線の方向に伸びた形の成長層も発達している。この面が F面ではあるが、(1 0 1 1)面よりも弱い F面であるため、このような特徴をもつものと考えられる。」という。
複円反射式のゴニオメータでよく整った結晶面を測角すると、概ね 1' (1/60°)以内の精度で測定値の再現性が得られるという。また対応する結晶面角の値は 5' (1/12°)を超えない程度で一定であることが分かっているそうだ。

補記3:112種の面が出た水晶なんて私は見たことがないが、今日ではパソコンで結晶図を描画することも出来るから、面角の情報を与えればそれらしいバーチャル結晶が見られるかもしれない。誰かやってみせて〜。

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