948.水晶 Quartz (ナミビア産)

 

 

 

tessin habit quartz

テッシン・ハビットの水晶
 右の結晶は h面相当の∠錐面-柱面 =155〜156度の
長い大傾斜柱面を持つ。左の結晶は大傾斜面と柱面とが
繰り返し交替する斜柱面を持つ。
中央の結晶は両者の中間的な性格で、上半分程度の
領域で大傾斜面が発達している。
 −ナミビア、エロンゴ山産

tessin habit quartz

大傾斜面に柱面(m面)と同様の条線がみられる

tessin habit quartz

放射線の影響で暗色化したホット・スポット
(煙水晶化した小円)

 

 

No.942に水晶の(結晶の)形は「相対的に成長速度の遅い平面で囲われた形」であり、また「Si-O-Siの結合の密度が高い面で構成される」という説を紹介した。これを結晶構造に関連づけて言い換えれば、格子点密度(網面密度)の密な面ほど出現頻度が高い(はず)ということになる。面指数に関連づけると、一般に指数の小さな面ほど出現し易い(残りやすい)。
水晶の主要 3面である錐面(r面, z面)と柱面(m面)とは実際、いずれも面指数の小さな面である。もっとも柱軸に垂直な面である c面(0 0 0 1)は滅多に出現しないが、これは柱軸方向に3回らせん構造を持つことが一因らしい(※(0 0 0 3)面に相当し、さほど密でない)

こうした見方で結晶形(面と晶帯)を語る代表的な説が、周期的結合鎖(PBC: Periodic Bond Chain)理論である。強い結合をもつ原子・イオンを連ねてゆくと仮想的に見えてくる結合鎖を2本以上含んでいる面が、広い平坦な結晶面(F面:フラット面 flat face)を形成すると観る。F面は比較的形態の安定した面でスムーズな界面を持ち、層成長・渦巻き成長機構によって古い面の上に新たな平坦面が積み上がってゆく。 F面は自形結晶の晶相・晶癖のおおよそを表現する面といえる。

一方、PBCを含まない面の界面は比較的粗く、付着型の成長機構によって塗り込められてゆくが、形態的に不安定と考えられる(広い平坦な面として維持されにくい)。この面は K面(キンク面 kinked face)に相当し、現れても残りにくい。
PBCを1本だけ含む面は F面と K面の中間的な性質を持ち、幅の広い段(ステップ)を持った面と考えられる。F面上に成長層の直線的なステップが現われる時、そのステップが一定の間隔で分布した階段面とみなすことも出来る。この面は S面(ステップ面 stepped face)に相当する。S面は現れても大きく発達する頻度が低く、また条線模様を特徴とする結晶面になりがちだ、といえそうである(※条線は必ず現れるわけではない)。

水晶の錐面は(成長丘が発達する類の)比較的スムーズな F面である。柱面は成長層も発達するが、条線も発達する傾向があり、錐面よりは結合の弱い F面とみなせる、というのが No.947 補記 2に紹介した見方である。
同ページに述べた水晶の大傾斜菱面体面は一般に 柱面よりさらに結合の弱い F面、あるいは S面とみなせる微斜面であり、それゆえ主要 3面より出現頻度(残存率)が低い、と考えられる。
例えば 比較的出現しやすい M面(3 0 3 1)は、単位格子を柱軸に平行に積み上げた平面(柱面)に対して、3ケ分の高さごとに 1ケの割合で格子が後退してゆく階段面に相当する。網面密度は柱面より低くても、条線が発達する場合の柱面に近い性格を持っているので、時には柱面に代わって発達するのだろう。(※普通は出現エリアが錐面のすぐ下の狭い範囲に限られる。)

柱状に長く伸びた水晶をいくつか眺めていると、ひとくちに柱面といっても柱軸に垂直な面だけで出来ているとは限らないことに気づく。特に針とかレーザーと呼ばれる類の長細いものなどは、先端に向って柱面が傾斜しているのが順当だという気さえする。
Ψ(プサイ)面(11 0 11 1)相当の傾斜が見られることはむしろ珍しくなく、この程度の傾斜面は水晶において事実上 m面(1 0 1 0)とさほど変わらない性格を持っているのかもしれない。
また部分的に傾斜した柱面を持つ水晶も意外に多いようである(まあ、お手元の標本をいくつか比べてみてごらんなさい)。
根元のあたりでは確かに垂直な崖のような柱面だが、7合目に掛かったあたりから少し傾斜し始めて、次第に傾斜の度合いを増し、ふいに傾斜の大きな錐面に代わるといった形態を示すものが結構ある。
この形態が結晶成長のどの時経段階でも維持されるかはよく分からないが、結晶が成長する(長く伸びる)につれて、下の方の傾斜柱面は順次 m面化して安定し、伸長中の先端近く(錐面に近いところ)では新たな傾斜柱面が生じている、ように見える。

さて画像の標本は、柱面(m面)の代わりに大傾斜菱面体面 (steep rhombohedral face)が発達してみえるものである。
上の画像の右側の結晶は、接触式の測角器で計ると、6つの斜柱面のいずれもが錐面に対して 155〜156°の傾斜角を持っている。柱軸に対して約 13°(= 155-141.8)の傾きに相当するので、巨視的に h面と判断できる。cf. No.947
右端の稜線は 8cmほどあり、それだけの長さ(広さ)にわたって h面が広がっていることが分かる。こうなると微斜面 (vicinal face)とは言い難いメジャーな面である。(※「鉱物学」(1975 森本ら)に「微斜面とは、高指数の小さな結晶面に対して与えられる名前で、普通主な晶帯上の主な結晶面の間に細長い結晶面としてあらわれたり…」とあって、水晶の場合は主な結晶面である錐面と柱面との間に細長く(幅狭く)現れるはずのものと考えられるが、この標本では柱面を欠いて代わりに広い範囲に延びている。)

一般の水晶と比べると特異な形態に違いないが、あるところにはあるようで、昔からスイスのティチーノ地方に出る傾斜柱面(M面)を持つ水晶がテッシン/ティチーノと愛称されてきた。同様にヴァレー州のビンタール(ビン谷)に出るものはビンタールと呼ばれた。イタリアとの間に跨るペンニーネ・アルプスに出るものはペンニーネと呼ばれ、オーストリアのラウリズ谷に出るものはラウリゼルと呼ばれた。まあいろんなところで出てそれぞれ人目を引いたので、産地名を冠したわけである。
この標本はエロンゴ産なのでさしずめエロン・ゴーといったところだが、標本市場ではこのテの尖がり帽子の晶癖をひとしなみにテッシン・ハビットと総称することが多いようだ。この場合、傾斜柱面/大傾斜菱面体面が厳密に M面でなければならないという約束はなく、多少なり傾斜していればみなテッシンで通る。もちろんビンタール・ハビット等々と呼んでも差支えない。パライバ産でなくてもパライバというのと同じである。芯が徹っているのだかどうだか(徹芯)。

2枚目の画像は1枚目の標本を対面側から撮ったもので、中央の結晶に水玉模様の曇りが散っているのが分かる。これは水晶が成長を終えた後に表面に付着した別の鉱物(雲母など)に含まれていた放射性元素(ウランやトリウムなど)の影響で、付着面近傍に局所的に結晶構造の歪み(あるいは非晶質化)が生じ、煙水晶化したものと言われている。
俗に「ホット・スポット」と呼ぶが、この場合の「ホット」は放射線に曝されたというニュアンス。
局所的な現象なので飛程の短い粒子線等によるものと考えられ、一般にアルファ線の影響と言われているが、アルファ線は薄紙一枚で止まってしまうはずなので、1ミリ程度の深さまで曇りが浸み込んでいるのはフシギである。表面が洗われたのか、付着していたはずの別の鉱物は確認できない。
ホット・スポットを持つ水晶はブラジル産が有名だが、エロンゴ山にも出るのらしい。

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