949.水晶(遷移晶癖) Quartz Transitional habit  (パキスタン産)

 

 

 

tessin-transition habit quartz

水晶 大傾斜面〜柱面(m面)に遷移する晶癖
  −パキスタン産

 

水晶の形状についてのおさらい。
普通の水晶は、六角柱状の柱面(m面)と、その先端に屋根をなす六つの錐面とで構成されている。六つの錐面は隣り合う面同士の性質が少し異なって、二つの錐面(菱面体面)グループに分けることが出来る。r面と z面とである(片側端部に三面ずつ)。
普通の水晶の形は一般形と言って差し支えないが、あえて晶癖とすると、通常晶癖/ノーマル・ハビットと呼ばれる。m面の存在に着目して、柱状晶癖/プリズマティック・ハビットと呼ばれることもある。これは後述のテッシン・ハビットに対比する概念である。

ノーマル・ハビットの水晶は 錐面のサイズに r面 >z面の傾向があって、区別をつけることが出来るが、特に一つの錐面だけがきわめて大きく現れて、竹を切ったような形になっていることがある。この形状を産地に因んでドフィーネ・ハビットという。cf.No.941

一方では両グループの錐面が六つともほぼ等しいサイズで現われる時がある。白濁したミルキー・クオーツや鉄分を含んで赤くなった鉄水晶などによく見られる形状で、六方晶癖/ヘキサゴナル・ハビットと呼ばれる(擬六方晶癖、スードヘキサゴナル・ハビット)。 この名称は柱面を持っていることが前提になっている。
このテの形状で、柱面を持たない、あるいはごく短い柱面を持つ両錐状の形状を、産地に因んでカンバーランド・ハビットという。 cf.No.19, No.78
これはほぼ二つのグループの錐面(菱面体面)だけで構成された形状とみることが出来る。自然界の高温水晶(ベータ石英)によく見られる形でもある。

各グループの錐面は六つの等価な菱面体面が構成要素となっている。片方のグループの六つの面だけでも結晶形を完成させることが出来る。r面だけが出現した結晶形(あるいは z面やm面がついていても相対的に微小なとき)は、あたかもサイコロのような形になる。これをサイコロ晶癖、キュービック・ハビットなどという。cf. No.942
このタイプの結晶面(錐面)は「閉じた構成面」である。

対の概念は「開いた構成面」で、柱面がこれにあたる。柱面は水晶の側面を壁のように囲んでいるが、当然ながら上部と下部を囲むことは出来ない。必ず別のタイプ/グループの面を伴って結晶形をなす。だから柱状晶癖と呼んでも、つねに錐面がついている。水晶の柱面の幅と柱軸方向の高さ(両錐面の頂点間)の比はたいてい 2:3 〜 1:4 の範囲に収まる、とフロンデルは述べているが(Dana 7th)、時には高さがずっと高く(長く)伸びた形状のものがある。特に幅の細い、針のような結晶形を、針晶癖/ニードル・ハビットという。cf.No.705

水晶(低温水晶/アルファ石英)は、三方晶系の結晶構造を持つ(擬六方晶系)。錐面が二つのグループに分けられるのもその性質の一つといえる。ノーマル・ハビットの水晶は柱面と二つのグループの錐面とで構成されるが、柱面と片方のグループの錐面とで構成された形状があり、三方晶癖/トリゴナル・ハビットという。cf.No.943
6つの柱面それぞれの幅は、各錐面の発達比(プロポーション)と密接に関係しているが、時に一つおきに幅が広く、その間の柱面では幅が狭くなって、疑三角柱状となる場合がある。 これも三方晶的性質の一つといえる。

柱面のいくつかがテーパ状ないし階段状に先細りした水晶がある。注意して観ると、あるというより普通に現れる。これは高さの微小な柱面と錐面とが繰り返し現れるためだという説がある。
z面の下の m面が、z面と m面との繰り返しの擬似傾斜面(あるいは階段面)になった形状の水晶があり、産地に因んでムソー・ハビットと呼ばれる。cf.No.945 
この効果により r面の下の柱面は先端にゆくほど幅が狭まる。限度を超えると消失して、z面の下の三つの柱面だけが残り三角柱(錐)状となる。

水晶の巨視的な形状が、柱面(m面)と二種の錐面(r面、 z面)とだけで成り立っているとすると、柱面の先細り(傾斜化)は「面角一定の法則」が成立していないかに見える効果をもたらす。たとえ高さが短くても m面が見えていれば、対応する面同士のなす角度はやはり一定だ、と強弁することが出来るが、そもそも柱面は柱軸に垂直な条線が発達して連なりやすい面なので、本当に m面なのか証明し難い場合もある。
実際には水晶はこれら三種の面の他に、別のタイプの錐面(菱面体面)を構成要素に持つことがある。このタイプの錐面は r面や z面よりも勾配が大きく、鋭い(仮想)頂角を持った菱面体の部分である。大傾斜菱面体面(steep rhombohedral face)といい、いくつかの異なったグループが報告されている。普通は高さの短い小さな面として現れるが(cf.No.947)、傾斜した柱面を持つ水晶のなかには、明らかに平滑な大傾斜面が発達して m面の代わりに結晶形をリードしている場合がある。この種の晶癖にはいくつか名前があるが、産地に因んでテッシン・ハビットと呼ばれることが多い。他の産地名に因む名もあり、また形状から尖鋭菱面体晶癖/アキュート・ロンボヘドラル・ハビットという名もある。cf. No.948
このタイプの大傾斜面を持つ結晶は、先細りによって r面や z面がごく小さかったり、明瞭に認めがたい場合がある。

上述のように水晶の柱面や傾斜した柱面にはしばしば条線が発達して、その面が結晶学的にどのタイプの面なのか見極め難いことが珍しくない。微視的には複数の面の混成であるとも考えられる。そうした正体不明の傾斜面が、時にうねり(アンジュレーション)を伴って長く伸び、六つの柱面が先細って先端がツノ状になったものがある。どこまでが柱面または大傾斜面であるか、どこからが錐面であるか、区分することがもはや適切と言えない形状である。
No.946 に示したこのテの水晶を、私は個人的にツノ形晶癖/ホーン・ハビットと呼んでいる。

先細り形の水晶は、下部(根元)に近い部分は m面で、先端の錐面に近い部分になると大傾斜菱面体面に遷移しているとみられるもの(傾斜の勾配が変化しているもの)がよくある。
画像の標本はその一例で、パキスタン産の牙形水晶。小さいが一応、錐面が見えており、その下に長い整った大傾斜面がある。そして大傾斜面の下は、あるところから柱面(m面)にはっきり変化している。テッシン晶癖から柱状晶癖に移ってゆくこの種の晶癖を、遷移晶癖/トランジショナル・ハビットという。
大傾斜面の種別は定かでないが、接触式の測角器でラフに見ると、錐面-傾斜面間の角度は約150度である。柱軸に対する傾斜は約8度になるので、ζ面(ゼータ面)の可能性が高そうだと思う。cf.No.947 大傾斜面の例
傾斜柱面の条線を細かく観ると、縦にいくつかに分断したマクロモザイク組織が観察される。マクロモザイクについては次のページで。

 

鉱物たちの庭 ホームへ