175.フランクリン鉄鉱  Franklinite  (USA産)

 

 

フランクリナイト(黒色)、母岩(白)はマンガン方解石
−USA、NJ、フランクリン鉱山産

かつてニュージャージー州のフランクリンやオグデンスブルクに大量に存在していた、亜鉛を含む鉄鉱石。当初磁鉄鉱と考えられていたが、別物であることが分かり、亜鉛需要の高まりと共にその鉱石として採掘が始まった。スピネルグループに属する金属酸化物で、精錬に特製の炉を要した。この鉱石から亜鉛を分離すると鉄とマンガンが残った。これぞフランクリナイト銑鉄。フランクリン鉄鉱の市価を一躍高からしめた魔法のマテリアであった。
19世紀後半には、躍進著しいアメリカ合衆国の建設と製鉄に重要な役割を果たし、どこまでも続く線路を、リパブリック賛歌に乗って、はるかな製鉄基地目指して運ばれたものだ。(鉄と鋼の話2 参照)

歴史的な鉱山はしかし、10数年前に採算割れのため閉山された。その後、マインランドとして保存されていると聞くが、坑道が水没したとの話もあって、正確な状況を知らない。数年前に訪れた方の話では、入場料を払うと、一人何キロと量を制限して採集した鉱石を持ち帰ることが出来た。とはいえチェックされるわけではないので、どれだけ持ち出すかは、採集者のモラル次第だったという。アメリカらしい。

 

追記:ニュージャージー州サセックス郡はニューヨーク市から北西 80キロにある、森林に囲まれた丘陵地で、 18世紀中頃から鉄や亜鉛を掘った。フランクリンと近隣のオグデンスベルクのスターリン・ヒルとが有名で、鉱体は異なるが産状に共通性があって、フランクリン鉄鉱、紅亜鉛鉱、ノルベルグ石といった希産鉱物が膨大に埋蔵されていた。蛍光鉱物のメッカとして知られ、地域全体で約350の鉱物種が報告されるうち、 100種以上に蛍光性が観察されている。
cf. フランクリン産の蛍光鉱物リスト

かつて居住したレニ・レナぺ族 (Lenni Lenape)は、16世紀以前からあたりに産した明色の鉱物を絵具として使用したという。オランダ人の探鉱者がスターリンヒルに鉱脈を発見したのは 1640年とされる。
1770年、フランクリンに製鉄炉が築かれて、磁鉄鉱と思しい黒い鉱石の製錬が試みられたが、経済的に見合わずほどなく休止した。当時、地域の鉄の需要は近隣の沼鉄鉱(ボグ・アイアン)で十分に賄えていたし、実は亜鉛を含むこの鉱石に対して、鉄と亜鉛の分離技術も未熟だったのである。亜鉛にはまだ経済価値がなかった。
この鉱石は 1818年にフランスの化学者ピエール・ベルチェによって新種と分かり、町名に因んでフランクリン鉄鉱 Franklinite と命名された。町名は科学者にして政治家を務めたベンジャミン・フランクリン(1706-1790)にあやかったものだが、そのもとは前述の炉(ファーニス)がフランクリン・ファーニスと呼ばれたことによる。1913年に改名されるまで、炉名がそのまま町の呼称となっていた。

フランクリン鉄鉱の組成は ZnFe2O4 (ZnO・Fe2O3)である。そうと分かると炉が改良されて、まずV焼によって酸化亜鉛を飛ばし、その後磁力選鉱にかけて品位を上げてから鉄を製錬するようになった。
共産する大量の紅亜鉛鉱(酸化亜鉛 ZnO)はまったく顧みられなかったが、1838年に米国の関税局が真鍮分銅に高純度亜鉛を用い始めると、商品価値が生まれた。1865年以降はトタン板(亜鉛メッキ鋼板)の製造や各種合金用に需要が広がった。紅亜鉛鉱のほかフランリン鉄鉱も重要な亜鉛鉱石と目され、除去した亜鉛が回収されて売られた。
フランクリン鉱山地域の黄金期は 1910-20年代と言われる。鉱夫は週日10時間、土曜は7時間働いた。正月も働いた。時給 18.5セントの現金給付。町で 20ドル札(※当時は高額紙幣)を切っている男があれば、間違いなく鉱夫であった。彼らが髭剃りや散髪へ行くのは土曜日に集中し、町の散髪屋は土曜料金(倍額)をとった。町の治安はいささか剣呑だったという。

フランクリンの鉱脈は20世紀半ばに枯渇し、鉱山(群)は 1954年に閉止。その後、施設の撤去がゆっくりと進められた。スターリンヒルは 1987年まで採掘が続いた。坑道は地下 800mまで掘り進められたが、晩期には 530mレベルより下の深部坑道が放棄され、上層での採掘に集中した。スターリンヒルは 1990年に鉱山テーマパークとして再スタートした。博物館、鉱山(坑道)ツアー、ズリ石の有料採集アトラクションなどが呼び物となった。ズリ石といっても、閉山直前に深部坑道から爆破・採集されていた貯鉱であり(その後、坑道は水没)、風化していない新鮮な鉱石であった。

というわけで、本文中のマインランドはスターリンヒルのお話である。画像の標本は古いものでフランクリン産である。(2020.5.3)

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