212.パイロープ  Pyrope  (チェコ産)

 

 

母岩中のパイロープ -Linhorka、ボヘミア、チェコ産
この町の風化した丘の露頭(初生鉱床)で、
今でもこのような標本が採集できるそうです

レキ状のパイロープ −Trebenice、ボヘミア、チェコ産
こちらは漂砂鉱床(砂礫)を浚って集めたと思われる
母岩から外れたもの
Trebenice にはガーネット・ミュージアムがあります

 

パイロープ(苦ばんザクロ石)は暗い炎の色をしたガーネットで、「火の眼」を意味するプローポスを語源とする。ガーネットという言葉自体、ザクロの実(または花)のように赤いことを意味するから、パイロープはその典型といえるだろう(語源のグラーヌムは、多くの種子を持った、の意味もある)。
赤い宝石の常で、石の中に火が隠れており、魔を払い、出血や炎症を治す強い魔力があると信じられた。ユダヤ人の伝説では、ノアの箱舟の灯火として使われたという。

この石は、地下数十キロ以上の深所(上部マントル内)で形成され、キンバーライトやマントル捕獲岩(ゼノリス)とともに地表にもたらされる。蛇紋岩や高度の変成作用を受けた火成岩中にも見出される。赤い色は鉄やクロムを含むため。純粋種は無色透明。
結晶は風化に弱く、砂礫層の中に小さな粒状となって発見されることが多い。

かつてボヘミア地方のトレプニッツから出たパイロープは、ボヘミアン・ガーネットと呼ばれ、14世紀以来の伝統を誇った。17世紀には商業的な採掘が始まり、近郊の温泉地カールスバット鉱泉で保養する観光客向けの土産物となり、欧州の大都市に伝えられた。最盛期は19世紀の後半で、ビクトリア朝のイギリスで大流行した。粘土の多い砂や砂礫の中から質のよいものを拾いあげ、残りは庭園の砂利に使ったというから、いかに大量に採取されたか知れる。「粒が小さく黄色がかった色に魅力がないので、安物の、しばしば非芸術的な装身具につくられ、宝石としての評判から完全に見放されてしまった」と春山行夫は記している。南アのダイヤモンド産地で発見された上質のパイロープ(ケープ・ルビー)に押されたのも一因だが、要は採れ過ぎたため、宝石価値が失われたのである。
ところがその後、産出が乏しくなると風向きが変わった。アンティーク・コレクターの人気を呼んで、むしろ高級品扱いされるようになったのだ。暗色の粒の中にちらちら揺れる、独特の明るい赤がいいのだとか。現代のボヘミアン・ガーネット製品は、地元のパイロープでなく、外国産のアルマンディンやロードライトを使っているらしく、雰囲気はかなり違っている。(地元採集の石を使った商品についての記事が数年前のG&G誌に載っている。Trebnice に近いPodsedice で Turnov という会社が採って宝飾品にしている)
ロードライト(Rhodolite)は、美しいシャクナゲ色〜淡いスミレ色の石で、アルマンディン(アルマンダイン)とパイロープの中間的な固溶体。1880年頃、アメリカ、ノースカロライナ州のテネシー川上流で発見されたのが嚆矢。紫がかっているため、初めはコランダムかと思われたらしい。20世紀に入って産出が減り1930年代にほとんど採れなくなった。しかし二次大戦後、タンザニアを中心とした地域で大量の原石が発見され、現在も供給が続いている。こちらはかなり紫味が強い。

さらに余談だが、ロードライトの原石を買い付けるナイロビの宝石商たちは、ロットの中に時々赤紫というより、ピンクがかったオレンジの原石が混じっていることに気づき、頭を悩ませていた。これはロードライトとしては売り物にならないため、スワヒリ語で欠陥を意味するマラヤ(マライヤ)と呼ばれた。もとの意味は「一族の除け者」で転じて「娼婦」の意味もあるという。この石は、実はパイロープとスペッサルティンの間の組成を持つ珍しいガーネットだった。そのことが分かると、むしろマラヤの名で積極的に販売されるようになり、希少なガーネットとしてコレクターの興味をそそっている。宝石デビューは1979年だそうだ。産地はタンザニアとケニアの国境付近のウンバ河谷流域で、最近はウンバライトの名で呼ばれることが多い。

cf. No.249 ガーネットの成分系ダイヤグラム

補記:一般的に純度の高いパイロープは無色透明で地下100km級の高圧下でのみ生成される。これにアルマンディン成分が固溶体として入り込むことによって赤い色が生じる。アルマンディンは地下10km程度の深さでも生成可能である。両者間の固溶体はパイロープに近いほど、生成により高い圧力が必要になるといえる。ちなみにパイロープは加水ザクロ石を別にして、「ガーネットのなかでもっとも硬く比重が小さい」。 cf. No.807 パイロープ
南ア産のものはダイヤモンドの母岩として知られるキンバーライト(キンバレー岩)が発見されてから、宝石質のパイロープが出回るようになった。

補記2:赤い宝石カーバンクルについてはNo.713も参照されたい。

補記3:「このかつて大いに所望された装飾品に対する需要は、ほとんどまったくなくなってしまった。粗岩はたいていブライスガウのフライブルクへ売却され、そこで加工される。このかつての、いわゆるボヘミア柘榴石が見出されるのは限られた小さな場所、エーガー川に面したミッテルゲビルゲ山脈の裏側だけである。それらは沖積土の地面にある。それらがどのようにして生じたのか、誰にも分からない。それらは決して結晶になっていない。ところが、この火のような色をしていない、むしろ菫色をしている他のすべての柘榴石は、ふつう明確な結晶のかたちで見出される。(ゲーテ「テープリッツへの旅」 1813 木村直司訳)
大流行する半世紀ほど前に一時まったく廃れてしまった時期があったということだろうか。

補記4:日本では熊本県八代から球磨川を上った八幡滝の八代片麻岩中に見られる赤褐色のザクロ石がアルマンディナス・パイロープと呼ばれる類のもので、パイロープ成分を多く含むという。

鉱物たちの庭 ホームへ