807.パイロープ Pyrope (イタリア産)

 

 

Pyrope Dora Maira

パイロープ(淡菫色〜無色)、−イタリア、ピエモンテ、ドーラ・マイラ・マッシフ、マルチニャーナ産

 

地球の半径は約6,400km。中心から半径3,500kmほどまでは鉄やニッケルからなる重構造の核(内核・外核)で、その外側のほぼ地表近くまでをマントル(下部マントル・上部マントル)と呼ばれる流動構造部分が占める。マントルの外側を覆う地殻はごく薄い、薄皮まんじゅうの皮のようなものだ。地表に住む我々が実際に見知っているのは地殻だけである。陸地では30〜70kmほど(ところによっては100km以上)の厚みを持つが、海洋底では 5〜10kmほどしかない。

キンバーライトは地殻よりはるかに深い地下のマントル部分から一気に地表付近に上がってきた珍しい岩石だが、逆に地殻を構成する岩石がマントルに沈み込む地質現象ははるかに頻繁に起こっていると考えられる。地殻はマントルの上層部に乗って一緒に動かされ、分断されたり、互いに衝突したり、乗り上げたり、乗り上げられたりしているからである。乗り上げられた側の地殻はマントルの中へ押し込まれる。また単純に上部マントル成分(主にかんらん岩)より比重の重たい地殻部分がマントルに沈み込む重力現象もある。そして熱と圧力とによる変成を受けた後で、何らかの作用で再び地殻の上層へ戻ってくることもある。エクロジャイトはそうしたプロセスを経て地表付近に現れたものとみられる。

上の標本は5センチ大のパイロープの結晶。パイロープ(苦ばんザクロ石)はアルマンディン(鉄ばんザクロ石)との間で固溶体をなして産するのが普通で、後者の成分である鉄(二価)や、クロム(三価)を含むことによって、いかにもパイロープらしい暗い赤色を呈する。しかし実験室的に合成される純粋なパイロープは無色であって、この標本も淡い菫色がかっているがほぼ純粋な組成のものである。
自然界に純粋なパイロープは珍しい。生じるには地下100kmレベルの高圧(2.5万気圧以上)が必要であり、かつそれが地表付近にない限り我々の目にとまらないからだ。(ちなみにアルマンディンと固溶体をなす場合も、パイロープ成分(マグネシウム分)が多いほど生成に高圧環境が必要となる。)

フランスとの国境に近いイタリア、ピエモンテ地方のドーラ・マイラは西アルプスの山麓にあり、1980年初以前は礫岩(堆積岩)が分布する地域と考えられていた。その頃一帯を調査していた地質学者のクリスチャン・ショパンは、白っぽい剥がれやすい岩石の中にごろごろした塊が入っていることに疑問を持った。これはほんとうに礫岩であろうか? 吟味してみると、白っぽい岩石は異常にマグネシウム分に富んだ風変りな変成岩(phengite-quartzite フェング雲母珪岩)で、ごろごろした塊はほぼ純粋な組成のパイロープなのだった。そしてパイロープの中にはコース石が封じ込められていた。コース石は超高圧環境(2.8万気圧 700-750℃以上)でのみ安定に存在しうる石英鉱物である。
つまりこのあたりの地質は、少なくとも地下100km 以上の深みで生成された岩石が(未知の作用によって)地表に現れたものかもしれないのだった。こうした例はそれまでキンバレー岩が運んでくるザクロ石かんらん岩やエクロジャイトしか知られていなかった。しかも不思議なことに、その産状は地殻の上層部を作る岩石(泥岩・砂岩、石灰岩)から変化したものであることを示していた。いったん100km 以上も沈み込み、また浮上してきたのであろうか。
その後、世界各地で同様の(コース石を封じ込んだ)「超高圧変成岩」が20件以上報告されるようになり、この種の岩石はほぼつねに大陸同士の衝突によって形成された古い大造山地帯に見い出されることが分かった。
とすると、巨大大陸(巨大プレート)の衝突は数万気圧に相当する圧力を地表付近において発生させうるものなのか、と私なんかは考えたくなるのだが、学者さん方では、地殻物質が少なくとも地下100km の深部(マントル)まで沈んで再び上昇してくる循環運動が、実は普遍的かつ大規模に起こっているのだと認識するようになった。そして、どのような仕組みで循環(特に上昇)が起こるのかが、大きな研究テーマとされているようである。

ドーラ・マイラのパイロープは数センチサイズのものが普通で、大きなものは23cmに達する。結晶形はゆるく、表面は白色〜淡緑色のフェング雲母(フェンジャイト:白雲母の一種)に包まれている。共産する石英はかつては(超高圧環境下で)コース石だったと考えられている。ルチル、ジルコン、エランベルジェライト (Ellenbergerite) などを内包する。ほぼ無色だが、わずかに鉄分を含んでピンク色がかったものがあり、1990年代にはその透明部分をカットしたジェムがイタリアの市場に出回ったそうである。ただサイズは2ctを超えず、写真を見る限りでは内包物やクラックが多いのであまり美しくない、と私は思う。

補記:コース石は地上では隕石孔付近で初めて発見された。天体の衝突による衝撃で生成されたものとみられる。

補記2:カザフスタン北部のコクシェタウ(緑の山の意、ソ連時代はコクチェタフと呼ばれた)にはきわめて高い圧力下で高域変成作用が起こった地域があり、「コクチェタフ超高圧変成帯」と呼ばれている。コース石や微小なダイヤモンドが広域的に生じており、ダイヤモンドを内包するカリウムに富む特殊な電気石が見られる。この超高圧変成帯を調査した日本の研究グループはこれを丸山電気石と名づけてIMAに報告し、2014年に新鉱物として認められた。ダイヤモンドは生成に超高圧環境を要する鉱物で、一方電気石は地表付近に濃集しやすいホウ素を含んでいる(もちろんそのホウ素の起源は地下深部とも考えられるが)。そのためこの種の電気石は地下深部(120km以上の深さ)と地表付近の物質の循環を示す証拠となるとの説がある。

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