C20. 雪斑青翡翠狛 (グアテマラ産) |
オルメカ文明は巨石人頭像や巨石の表面に彫られたレリーフ、暦を記した石碑、副葬された大量の儀礼用石斧など、謎めいた様々な遺物を残しているが、鉱物愛好家の関心を惹くのはやはりジェード器の類だろう。彼らが利用した石材は多岐にわたるが、中に蛇紋岩やジェーダイト、その類似石を用いた磨製石器や装飾品がある。
先古典期中期のエル・マナティ遺跡の埋葬石斧は、トウモロコシの実を長く伸ばしたような美しいフォルムの歯状斧で、黒〜灰緑〜濃緑〜淡灰碧〜灰色などの艶やかな表面をもつ。
同じくラ・ベンタ遺跡からはニュージーランドの棍棒(メレ)を想わせる細長い石斧や細長い頭部を持つ人物像、装飾品に加工された大量のジェード器物が出土した。これらの中に灰青〜暗蒼〜青緑色といった沈んだ青みを帯びるジェーダイトがある。
また南に下ってコスタリカには先古典期後期から始まる文化圏(BC300-AD500年)があり、神人を象った、あるいは線刻を施した石斧が出ている。斧神
Ax-Gods
と呼ばれるが、この石材にも青色〜青緑色のジェーダイトが用いられている。私は読んでなくてナンだが、「先コロンブス期のコスタリカのジェード」(1968年)という図書の中で、著者のE.K.イーズビーはある種の斧神に見られる純粋な青色を「オルメカ・ブルー」と呼んだようである。
描かれた神人の姿はさまざまで、 F.ワード著「ジェード」(2001)は数世紀の間にスタイルが変化したこと、初期のものは中国の古代玉器に見られるのとそっくりの人物像(支那人風)であり、最後期に現れるのはエイリアン来訪説を支持するかのような奇怪な像であることを指摘している(日本の遮光式土偶に似る)。
No.922
で述べたように、メソアメリカ圏のジェード産地はスペイン人の到来以来、数世紀の間、白人文化圏から隠されていたが、20世紀中頃にモタグア川の中流域で転石が発見され、1974年に初生鉱床が確認された。そして
1987年にはライジンガー夫妻らがオルメカ古玉器に見られる青緑色のジェードを再発見して、「オルメカ・ブルー」と呼んだ。ただし
G&G誌 1990年夏号(D.ハーゲット寄稿)によると、イーズビーの言う「オルメカ・ブルー」とは色味が異なるようである。
そして 1998年の巨大ハリケーン・ミッチの襲来を機に、モタグア峡谷の南北で大量の青緑色ジェードが現われた。周辺の地質-考古学調査を主導した
R.ザイツはこの石材(※例えばケブラダ・セカ村付近で発見された
300トンの大塊)を「オルメカ・ブルー」と呼んでいる。
ザイツらの調査の経緯は別の機会に述べたいが、以来、市場においても青色系ジェーダイトが出回るようになった(それまでは売れ筋が緑色系〜黒色系だったため、青色系の石は利用されなかったらしい)。
グアテマラ産のジェーダイトは世界のジェム・ショーでお披露目され、中国の翡翠業者にも渡っている。画像はそんな一品で、口を開けた狛犬(瑞獣「ヒキュウ」)を現代の精緻さで彫ったもの。いうまでもないが中華風テイストである。
いわゆるスノーフレーク(雪片)タイプで、褪めた藍のような沈んだ色合い。玉質としてはオルメカ文明の人々が知っていたよりはるかに優れているのではないかと愚考する。
現代の中国は清代に愛好された翠色以外の翡翠にも需要があるらしく、伝統的な嗜好があるとも思えない色でもジェーダイトであれば商品化して市場に問うているようだ。あるいはオルメカ文明と中国文明との間には、はるか遠いルーツに遡る、何か響きあうDNAが潜んでいるのだろうか。
cf. No.924 (マヤ文明のジェード)
補記:そもそもオルメカの玉器にはさまざまなニュアンスの青色系ジェードがあるので、「オルメカ・ブルー」といって、その定義はいずれが正しいと決めるわけにいかない。実際、「オルメカ・ブルー」に言及した文献、記事を漁ってみても、たいていはただ「オルメカ文明の石器に見られるのと同じ青色(または青緑色)」と述べているだけで、その例を示すことをしない。いわば言葉が醸すノスタルジックなイメージ、アピール効果が重宝されているのであろう。