290.グレンドン石 Glendonite (ロシア産)

 

 

はいはいはい。謎の石、ぐれんどんです。

グレンドナイト (イカアイト後の方解石仮晶) 
-ロシア、コラ半島、オレニッツア川産

 

白海に面したロシアの寒村の砂浜に、泥岩または砂岩質の白っぽい丸石が打ち上がる。球の中に茶色のイガイガが入っている。グレンドン石という。
日本で見つかる玄能石と同じ類のもので、成分は炭酸カルシウム(方解石)。ただし結晶の形は方解石が属する六方晶系のそれでなく、もとは何か別の鉱物として晶出したものらしい。

その候補のひとつに、以前はゲイリュサック石が考えられた。ナトロ・カルサイトの別名をもつ炭酸ソーダカルシウムの5水和塩。水にわずかに溶け、ごく微量の炭酸カルシウムを放出しつつ、たやすく方解石に変化する。結晶形もそっくりである。
とはいえ、グレンドン石や玄能石は、その産状から低温の海水中(海底)で出来たとみられるのに対し、ゲイリュサック石はシアレス・レイクのような蒸発性のソーダ塩湖に生じるのが普通で、ちょっとそぐわないところもあった。グラウベル石(石灰芒硝)を考える説もあったが、同じ理由で疑問が残る。

かわって近年有力視されているのは、炭酸カルシウムの6水和塩(CaCO・6HO)、イカ石(イカアイト)である。グリーンランド南西岸のイカ・フィヨルドで初めて粒状のものが確認され、1963年、産地に因んで命名された。海底に湧出する炭酸泉の周囲に形成されているそうだ。摂氏3℃以上の環境では急速に水分を失い、多孔質ザラメ状の方解石に変化する。
それからややあって、南極大陸の沿岸で自形結晶が発見された。1982年、ドイツの調査船が海底から遊離した沈殿物を採集した際、その中心部にガラスのように透明なイカ石が含まれていたのだ。大きさは6.5センチあった。ほどなく失透し、ザラメ状の方解石と水とに分解したが、幸い写真が残され、後にグレンドン石との形状比較が行われた。そうして、「グレンドン石」=「イカ石をオリジナルとする方解石の仮晶」説が確信をもって語られるようになった。

ところでイカ石が晶出する海底の水温は何度くらいだろうか。3℃以上では含水物(イカ石)より無水物(方解石)の方が安定だとすれば、それよりも低い温度であるに違いない。
一方、塩分を含む海水は氷点降下により−2℃で氷になる。仮に過冷却を見込んでも海水の温度が−5℃を下回ることはないだろう。
また白海沿岸の海底には、沈降した永久凍土(ツンドラ)が融け出さずに横たわっているという。ならば、凍土に接する海水温は0℃以下であろう。以上を合わせて考えると、ロシア産のグレンドン石は−2℃〜0℃前後の限られた温度環境で結晶し、海底から浮上中、または浜に上がった時点で方解石に変質したとみてよいのではないか。

 

補記1:グレンドン石は、かつて擬ゲイリュサック石とも呼ばれた。
補記2:Dana 8thの記述では、イカ石が自然に方解石に変化する温度は8℃以上とされている。加藤昭博士のコメントによると、イカ・フィヨルドで初めて産出が知られた時、採集された標本は魔法瓶に保存されてコペンハーゲンに空輸され、合成物との一致が確認されたという。博士によると、生成温度は0〜5℃。脱水分解して方解石となる温度は8℃とのこと。
補記3:先年、鉱科研が仕入れたグレンドン石を分析したところ、Mgが多く含まれており、方解石でなくマグネサイトの仮晶だったという。この標本のオリジナルは、イカ石でなくランスフォード石(炭酸マグネシウムの5水和塩)ではないかと推測された。
ただランスフォード石は、「110℃ですべての水分を失う」とDana 8thにあり、常温では比較的安定していると思われる点が疑問となる。
またイカ石は単斜晶系の鉱物だが、グレンドン石の中には他の晶系に属するらしい結晶形もあるという。結晶形の内部に微細な球状方解石や石英粒の集合体が観察される場合もあり、単純な仮晶ではないともいわれる。謎はまだ完全に解明されていない。

追記:グレンドン石(玄能石)生物起源説というのもある。例えば、雲根志21さんのサイト。また、つゆねこF.C.さんは「どうして化石と一緒に出るんだろう」と書かれている。日本では泥板岩中に魚鱗木葉とともに産する。これらを潟湖の堆積物とみて、海水が干上がったときに本鉱が晶出したと考えられていた。

その後、イカアイトと、その周りを取り巻いて存在する炭酸カルシウム(方解石)質の球状コンクリーション(凝結質ノジュール)との生成機序に関する研究が進み、次のようなプロセスが説かれている。
イカアイトは一般に海面下数m〜10m程度までの浅い海底で生成する。その炭素(炭酸)成分は主に周辺の堆積土壌中に存在する生物遺骸が嫌気性バクテリア等によって分解される際に生じた重炭酸イオンに由来すると考えられる。遺骸の分解時には燐成分も解放されるが、低温の海水中に燐酸イオンが高濃度で溶存する環境では、方解石の生成が抑えられ、イカアイトが優先的に晶出する。
燐酸イオンの濃度が低いと、(あるいは海水温度が高いと)、方解石が生成される。
イカアイトを中心に含む球状コンクリーションは、最初にイカアイトが生成し、その後環境の変化(燐酸イオン濃度の変化)により、周辺に方解石質の球状コンクリーションが生じて、内部にイカアイトをパックしたと考えられる。
重炭酸イオンと燐酸イオンそれぞれの濃度変化の履歴によって、イカアイトの先端は球状コンクリーション内にすっかり埋もれていることもあれば、突き出していることもある。
イカアイトが温度上昇によって脱水し方解石化する際は、一般に組織が粗粒質となって表面に微細な凹凸を生じるが、球状コンクリーションを伴うイカアイトでは、コンクリーションの内部のイカアイト表面は滑らかで、突き出た部分の表面のみ粗粒質になっている。これはコンクリーションがイカアイトを周辺環境から半ば隔絶して保護するためと考えられる。
cf. No.34 貝殻方解石    (2023.7.10)

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