574.アナパ石 Anapaite (ロシア産) |
アナパ石は希産鉱物のひとつだが、鉱物愛好家にとって、けして馴染みのない名前ではない。それどころか必ずしも希少品と考えられているわけでもあるまい。この石はソビエト連邦が解体し、「東側」の標本が「西側」市場に現れたとき、初めに店頭に並んだもののひとつだった。多くの人が美しい、クリソプレーズに似た爽やかなりんご緑色を好ましく眺め、アナパというエキゾチックな響きに酔い、貝殻の上に鎮座した風変わりな産状に不思議を感じたものである。
かといっていくらでも出回ったわけではない。どういうわけかいつも、「もう手に入らないかもしれない」「年々入手が難しくなる」「これが最後」といった標本商さんの言葉と共に、さほど多くないロットで市場に姿を現す。とはいえ供給が絶えたことがないのも事実だ。
思うにこの石はいくところに行けばいくらでも採れるに違いない。でも流通量は管理されているのだと思う。顧みれば、そういうところがある種の希産鉱物のありがたさだろう。
ほどほどに希産であることは売り手(標本商)にも買い手(コレクター)にもメリットがある。その時限りで、ごく少量出て終わりになるような標本だと、どちらも幸せになれない。
鉱物標本はそもそも珍しいところがありがたいのだが、しかし珍し過ぎても困るのだ。(うまく手に入れた人は幸せではないかと仰られるだろうが、私はそうは思えない)
アナパ石はカルシウムと鉄の燐酸4水和塩である。結晶形のはっきりしたものは、どこかしらラドラム鉄鉱(鉄の燐酸4水和塩)の擬似平行連晶に似ている(色も似ている)。その名は原産地、黒海北東岸のアナパに因む。
ガイド本によると、ニューハンプシャー州のグラフトンでは燐酸ペグマタイト中に、ウクライナのクリミア半島やケルチ半島からは風化した卵形の鉄鉱石の空隙中に、スペインやドイツでは粘土中に産するそうだが、標本として普通に流通しているものはたいていウクライナ産のもので、貝殻(二枚貝)との組み合わせがセットのようになっている。
これは黒海沿岸産の藍鉄鉱(鉄の燐酸8水和塩)の標本でも同じだ。