591.雲母 Mica (ミャンマー産)

 

 

Mica Muscovite 白雲母

白雲母  -ミャンマー、モゴック産

 

雲母は「神農本草経」の昔から長生薬のひとつとされた石である。一名、雲珠、雲華、雲英、雲液、雲沙などとして知られ、「味は甘、気は平、山谷に生じる。身皮、死肌や、風に中して寒熱症になったり、車舟上にあるときのようにふらふらするのを治す。邪気を除き、五臓を安んじ、精液を濃くし、目をよく見えるようにする。久服すれば、身を軽くし延年できる」とされた。
葛洪の「抱朴子」には、五玉に次ぐ仙薬として挙げられている(軟玉の話4)。明珠(真珠)より上位に評価されたのは意外な気もするが、本邦でも昔から「キララ」と呼ぶように、金に似てキラキラよく光るところが高得点の理由だろう。仙薬を研究する方術士にとって、至純の金と金を作り出す金丹とは、人間を神仙に近づける万能薬でもあったから。
雲母の中では黒雲母がもっとも効能が高いという説があるが、これも風化した黒雲母が金に見まがうばかりの金色に光ることからきたものではないか(猫の金)。

雲母は比較的ありふれた鉱物なので、仙薬とされた薬材の中ではもっとも入手しやすいものだったと考えられる(玉や真珠は手に入ったとしても非常に高価だったろう)。化学成分的にも極めて危なかしいというわけではなさそうなので、長い歳月飲み続けることになる上品の長生薬として、あるいはうってつけだったかもしれない。ただ「新唐書」杜伏威伝は、「高祖の武徳7年(624)、杜伏威は神仙長生術を好み、雲母を服して毒にあたって急死した」と伝えているから、油断は禁物である。
それより、ほんとに長生効果があるかどうかが疑問なのだが、唐代には効果ありと信じられていたらしい。

唐代の高名な詩人に白居易(772-846)がある。香炉峰の雪を簾を掲げて看た人で、この趣向は日本でも清少納言から坂田靖子にいたる才女らが真似をした。
当時は金丹(水銀薬)が社会的なブームで、白居易の友人たちもこぞってあおいで早世したり病に伏したりしたため、彼は友人らの境涯を嘆いて、金丹服用(の失敗)を批判する詩文を多く残している。しかし彼自身、製造を試みたことが少なくとも2度はあったのだ。
焼錬は莫大な資金と時間と辛抱のいる大事業で、彼も慎重を期して作業に従じたが、2度とも丹砂の火加減を誤ってタ女(水銀)を飛ばしてしまい、調合の失敗を大いに嘆いた。が、我々から見るとそれはむしろ幸いなことであった。

金丹製造には失敗したが、白居易は雲母の粉末を晩年にいたるまで愛飲したらしい。そのことは彼の詩から伺える。
元和11年(816)、慮山を訪ねた詩人は修行処として知られた簡寂館に泊まった。そのとき、宿簡寂館という詩を詠み、末の2句を「何を以って夜の飢えを癒さん、一匙の雲母の粉」とした。石薬の服用が修行と関連したものだったのか、平生の習慣だったのか定かでないが、最初の金丹製造の試みはそれから2年後のことなので、少なくともこの頃には仙薬や長生に関心が生じていたのだろう。大和4年(830)に詠んだ「晨興」にも、「何を以って宿斎(物忌み)を解く、一杯の雲母の粥」の文句があり、粥に雲母を混ぜて食したことが分かる。これも宿斎に伴う儀式的な献立だったのか、習慣だったかは不明である。
しかし、大和8年(834)の「早服雲母散」では「暁に雲英を服し井華に漱ぎ、寥然として身は烟霞に在るがごとし」と詠み、会昌2年(842)、晩年71歳の詩に「人生は七十稀なり、我年は幸いにこれを過ぐ。…雲液は六腑に酒ぎ、陽和は四肢に生ず」と書いて、雲母を飲むことの効験を肯定的に語っているから、いつしか雲母飲用が習慣となっていたことは確かである。

本邦、「和漢三才図会」は、雲母は焦げず水に濡れることもないので、遺体を雲母で包めば腐ることがないとしている。大倭本草も同様に時珍の説を引いている。本草綱目啓蒙は、上品は銀葉(香道で用いるものか?)に作り、下品は細末にして扇面や唐紙に用いるとして、特に薬効については触れていない。

インドの医書「アーユルヴェーダ」は白、ピンク、黒、黄の四色の雲母をあげ、ふつう白雲母を用いるが、黒雲母がもっとも治療に効果があるとしている。浄化のため、熱して酢に浸すこと7回、ついで薄片を牛の尿と三果薬を混ぜた液に浸し、その後パスマ(金属灰)に化す。こうして調製した雲母を1日2回、空腹時に牛乳や蜜と一緒に飲むと新陳代謝が促進され、長生効果があるという。気管支炎や喘息、結核などの肺病の治療にもよいそうだ。

 

補記:アーユルヴェーダにおいて、黒雲母はさらにピナーカ(杖・シヴァ神の棍棒)、ナーガ(蛇)、マンドゥーカ(蛙)、ヴァジュラ(雷、金剛)の4つに分けられている。火中に投じてシューと音を発するのがナーガ、膨張して跳ねるのがマンドゥーカ。少しも変化しないのがヴァジュラで、この種を薬物に用いる。他の種は有害であるという。(佐藤 任著 空海のミステリー p.107)

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