612.イネス石2 Inesite (USA産)

 

 

Inesite イネス石

イネス石 -USA、CA、トリニティ郡ヘール・クリーク鉱山産

 

イネス石はカルシウムとマンガンの珪酸塩水和物である。日本にもよいものが産したというので本邦愛好家には馴染みの名だが、標本としてはあまりメジャーでなく、いつでも良品が手に入る類のものではない。
ひと昔前に南ア産のボール状の集合体が市場を賑わしたが、これは針状結晶が均等に放射する深赤色の美標本であった(No.8)。現在出回っている南ア産はイガグリ状またはリボン状のものが多い。リボン状のものは中国からも美品が出ていて、昨今はむしろこちらが主流かと思う。

日本では静岡県蓮台寺(河津鉱山)産がクラッシックな定番だった。自由空間に成長した美しい結晶集合体が見られたが、今は昔の物語。といっても採集出来ないわけではない、とか。
堀博士の著書には、日本を訪れた外国人コレクターがこの産地の標本を欲しがったのだが…というエピソードが紹介されている。コレクターの考えることは、どの国の人でも同じだ。
蓮台寺の産状は「第三紀の火山岩を切る含金銀石英脈に伴うもの」で、戦前(1930年)に最初の報告があるという。当時はマンガン石灰沸石と呼ばれた。本邦鉱物図誌3(1940年)にはマンガン沸石の名で紹介されている。結晶水を含むが沸石水というわけでなく、また結晶構造が沸石に似ているわけでもない。ただ外観の類似によって名づけられたものと思われる。
またバラ沸石、薔薇( しょうび)沸石の呼び名もあり、往年の人気のほどがしのばれる。これはバラ輝石に対照する名だろうか。どちらもマンガン鉱物らしい、彩度の低い温かみのあるピンク色、肉色、バラ色を呈するものだから。
両者は結晶の形が異なり、イネス石は柱面が長く伸び、端面(頭部)が鋭く傾斜して注射針のように切れ上がって見えるのが外観上の特徴とされている。

画像の標本はアメリカ産の自形結晶で、やはりひと昔前に某標本商さんのお眼鏡にかなって日本に入り、愛好家の間に広まった。その頃は氏が「これは珍しい」とか「私も初めて見るタイプのもので」とか「持っておきたい」とひとこと言えば、我ら追従者一斉に膝をかがめて標本を注文するのが慣いであった。

この種のマンガン性のピンク色鉱物には泣き所がある。野外で長期間外気に触れていると茶色〜灰褐色に変色しがちなのだ。日光が主な原因と言うから、遮光して保管しておくといいのかもしれない。

 

補記:カリフォルニア州北部のヘイル・クリーク・マンガン鉱山は 1941年から44年にかけて稼働された。太平洋の海底に形成されたマンガン団塊(ノジュール)が凝集して生じた特殊な鉱床で、団塊は変成作用によってホットケーキ形の菱マンガン鉱のレンズ脈となり、砂岩やチャート(珪質岩)に挟み込まれている。鉱山はこの菱マンガン鉱体を掘った。イネス石の自形結晶が発見されたのは、1971年といい、古いズリ山から持ち帰った岩塊の晶脈を埋める方解石を酸で溶かしたところ、今まで見たこともないビックリ結晶が現れたという。71-75年にかけて熱心に採集されたそうだが、当時はさほど市場に出回らなかった。多量にあふれたのは 90年代中頃だった。
ホリ通販リストの 77号(1994年)に標本紹介があり、イネス石は日本に産出が多いが、「やはり世界を相手にしてかなわないのは本品を見れば分かる」と評している。楽しい図鑑では、「おそらく一時的な産出で長続きはしないだろう」と予測された。
本鉱は組成 Ca2Mn2+7[Si10O28](OH2)・5H2O、三斜晶系のイノ珪酸塩。採れたばかりの時は鮮やかなピンク色をしており、原産地のドイツ、ナンゼンバッハでは方解石中に埋もれて繊維質塊状で産し、 A.シュナイダーがギリシャ語のイーネス(肉の筋)に因んで命名した(1887年)。

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